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セレンディピティ〜serendipity〜

セレンディピティ〜serendipity〜
  著者 エゼ

あなたは第六感が欲しいですか?

特殊能力の導く先は 幸運になるはずだった惨劇路

※残虐なシーン描写もありますので苦手な方はオススメ出来ません。

※邦画風心理ホラーではなく洋画風アクションホラーな作品です。

構想&制作〜完結
2010.10.16〜2010.11.11
小説初執筆作品です。






serendipityとは


幸福への道を発見する最中


偶然な出来事を知識や経験から感覚により閃き


更なる幸福とする


偶然を察する力


偶察力


偶然の幸運「Luck」な現象ではない


きっと誰もが自分の幸福のために常に道の選択をする


その選択の幸運はただのLuckと思うか


それとも自分で導き出した自負(能力)か


そんな能力を特殊な形で突然持ち合わせた時


オカルトなミステリーが始まる




【新しい朝】






――戦争、和平、平穏。 誰かが志と信じて、誰かが勝手に怒って、誰かが妥協を見計らって、相手との共存を選ぶ。 それなら最初から共存を選べばいい。 言ってもわからない人が多すぎるから、我儘を突き通したいから、強行する。 少ない犠牲の上に、大勢の平和があると言いながら、お互いが脅威になる武器を奪い合う……そんな事を授業で言ってたかな。 けれど僕には関係ない。 いや、正直に言えばわからない。 特に秀でた能力もない。目立つ事もない。まず、関わる事がない。この物騒なニュースの裏にある、見えない事情なんて、知らなくていい。 普通の平凡な毎日を、誰かに見られてる訳でもないから。新しい朝。変わらない朝。寒い……雨、降ってたんだ……大学休みたい。




【本屋】






 いつもと同じ時間に眺める朝のニュース。窓からかざす手には雨を感じない。 部屋の外からドアノブの冷たさに季節を感じ、濡れたサドルを手の甲で拭い、アパートから自転車をこぎ、大学に通う途中の山間。 時折目に映る白い息。それでも目覚めに風を感じられる、お気に入りの長い下り坂。 いつもと同じ速度で軽快にくだる「水谷遼ミズタニリョウ」。 昨夜の雨で路面はまだ濡れていた。

『いってぇ〜』

 右肩を軽く打ち、大事に至ってないか確認しながら起き上がる。 無意識に振り返ると見慣れない風景。


――あれ? こんな横道あったかな?

 帰りは登りになることで、この坂を避けていた。 逆の方向から眺めたことはほとんどなかった。

――きっと気付かなかったんだな

 頭をかきながら横道を眺めると、目立たない看板。木彫りでお店らしき屋号。
 「偶明堂 〜未来に繋がる先人の書物〜」。

――古本屋か?  まだ大学の授業まで充分時間あるな……どうせ学食でサークル仲間と雑談する予定だったし。

 身近なところで知らない店を見付けたことで湧く興味。 横道を進む。
 周りは森林に囲まれた三階建ての大きな建物。遼の町に似つかわしくないまだ新しいその館は、本屋と言うよりもどこかの富豪邸。建物の前に手を後ろにくんで凜と立ち、少し笑みを浮かべた、館に似つかわしくも感じる「老人」が見える。



『あっ こんにちわぁ……ここは……あの……本屋? ですか?』

 自分の言葉に自信なく尋ねる。期待する接客。答えの代わりに返る言葉。「転ばなければ」聞けない言葉。

『待ってましたよ』

 待っていた。明らかに知っている、遼の存在。必然性を匂わせる、一方通行な面識。

『えっ……僕初めてですよ』

 自然に戸惑う言葉に、用意された笑み。

『そうじゃな……でも君がくるじゃろうと思っておったよ』

 自信ありげに言う老人。理由を聞かないと進まない会話。

『どういうことですか? 僕を知ってるんですか?』

 可能性。小さな町。どんな時に、不確実な約束をしたか。

『初めて会話するが、君がうちを見付けると思っておった』

 確証ない言葉。無数に浮かぶ、否定な言葉。

『そんなぁ……ハハ、僕は自転車で転んでここを見つけたんですよ? 僕も知らない出来事ですよ』

 正直な言葉に、嘘を臭わす違和感なら、背を向ける理由。

『そうじゃな……君があの坂をほぼ毎日、自転車で気持ち良く下る姿はよくみとった。年寄りの戯れ事だと思って聞いてもらえればよい』

 戯れ事。聞き流してもいい。聞かなければ、忘れる会話。理由がないのは、聞かない理由。

『いつもスピード出してそこのマンホールの上を必ず通ったじゃろ。そのうち転ぶと思っとった。今日はもしかして見れるかと。雨は偶然じゃが、今日転ぶのは わしの読みじゃな。転ばずにこの場所を見つける理由も中々見当たらんもんでなぁ。小さい子供のいる母親は自分の子供の行動先読みして、危険がないように考 えるじゃろ? ハッハッハッ』

 難しい解釈。疑いたくなる神経。まだ返す言葉は浮かばない。

――なんだか僕が転ぶのを願ったようだな……。

 願われた転倒。願われた出会い。

『わしは君を待っとった。わしにとっての幸運の始まりじゃ』

 おかしな事を言う老人。けれどその真意も気になる。いつでも振り返って去る事も出来る間合い。遼は生唾を飲み込み、耳を傾ける。

『どうぞ』

 館のすぐ前には丸いテーブル。読書を外で楽しめる為か、自然を愉しめる空間。テーブルにはお茶の用意。湯気の上がるポット。痛めて冷えた身体に、温かさは自然な欲求。

『あっ……じゃあ、いただきます』

 軽く会釈し、不安が多少ありながらも、席に座った。老人は立ったまま話し出す。

『君は運命とは何だと思う?』

 老人の長話か、繋ぐ言葉に深さはない。

『あ〜運命の出会いとか偶然とかですか?』

 老人は軟らかい笑み。レモンティーは口に合う。

『偶然は一つの閃きで自分のものに出来るけれど、普通は気付かず、結果的に運命と言う人は沢山いるんじゃ』

『はぁ……』

 唐突な結論に言葉が出ない。普段の軽い会話なら、会話を避けられる深さ。

『運とは結果のかたより。そのかたよりを自分で掴んだ時、運命は自分に転がる』

『はぁ……』

 零す相槌には、白さの増す吐息。考え方が複雑。疲れてくる解釈。永い人生の結論。永い人生をこれから見る者。軽く返したい。その場しのぎが調度いい。理解しているつもりで。

『つまり運命って自分でつくるっていう……精神論ですか?』

『偶然で思いがけず幸運が訪れると人は「LUCKY」と言う。君にはこれから「LUCK」ではなく「セレンディピティ」が始まるであろう』

 真面目過ぎる講釈。聞き慣れない言葉。決め付ける言葉は、自然な拒否反応。

『あの……何かの宗教とかの勧誘ですか? そういうのはちょっと』

 テーブルに寄る老人。歪む表情は、叱られる覚悟。次の瞬間は、体調の気遣い。軽くよろける体。間に合わない心配な言葉。先に言われた意味深。

『もぅ……君に譲った』

 立ち去りたい。会話が合わない。素っ気なさは、願う無関心。

『あの、もぅ意味がわからないんで……もぅいいですか?』

 尋ねたい。角も立たない立ち去る許可を。理解出来ない。その意味も。

『わしはもう「能力」のないただのじじいじゃわぃ! ハッハッハ……一階は古本屋として利用していたがの、ほとんど客もこんからもぅ閉めようと考えとったわぃ』

 老人はゆっくり振り返る。老人の深い息は、罪悪感を感じる。来ては行けなかったのか。話し相手に相応しくなかったのか。館に向かった老人の背中。再会の予感はしなかった。腑に落ちない気分。引きずりながらも公道へ。遼の背中から、静かに聴こえる声。

『ありがとう』

 ごちそうになったレモンティー。軽い会釈が精一杯。明日から気になるのは、看板の無くなる日。



【駅】






 駅に到着した遼。いつもの場所に自転車を停めようとする。不特定多数並ぶ自転車。いつもの場所が、乱雑に置かれた他の自転車。少し機嫌が悪そうに、乱暴に自転車の間へ突っ込むように自分の自転車を置く。その機嫌の悪さは他の自転車でも、本屋の老人が理由でもなかった。

――あの危ない運転の高級車……あんな運転するなら自転車乗ればいい。

 駅に着く前の小さな憤り。ありそうな出来事。遼の進行を妨げた荒い運転がいた。いつもと違う事が重なったからか、駅のホームで電車を待ちながら愚痴る。そしてふと感じる。それは、ざわつく心はストレスからの緊張か、体調の変化は、メンタルの弱さからか。

『なんだか吐き気がするなぁ……え? あぁ、達哉か』

 真後ろから遼を呼ぶ声。

『ふぅ、ふぅ、遼! ふぅ……ふぅ……同じ時間珍しいな!』



 いつから後ろにいたのか。同じサークルの「広金達哉ヒロカネタツヤ」。荷物が多いせいか、地面についていた膝を、荷物を持ち上げると同時に立てる。

『遼……』

『ん?』

『いや……いやぁ! 俺もぅ単位やばいんだよなあ!』

『あはは俺も! まぁまた来年同じ授業受けようよ』

『え〜……やだょ代返する奴もういなくなるよ』

『あ〜リアルにそれ辛いなぁ』

 同じサークルに、同じ授業を受けている二人。取り留めのない会話。いつもの雑談。遼は下を見ると、達哉の靴紐が解けているのに気付く。いつもなら、細か い気配りや清潔感も感じる達哉には似合わない。本人も気付かない些細な事。所属するサークルの荷物をしっかり抱える達哉には、足元は見えない。

『だらしないなぁ〜、紐どうにかしたら?』

『おぉ! 悪い! 手いっぱいで』

『しょうがないなぁ』

 遼は少し気分悪い事もあり、妙にうつむきたかったついで、達哉の靴紐を直そうとしゃがむ。

【黄色い線の内側にお下がり下さい】

 黄色い線の上。靴紐を直している遼のすぐ横には、スキー板を持った男女が愉しそうに雑談している。電車の気配。オーバーな手振りで弾む会話にスキー板は 意識の外。手振りの拍子に浮き上がるスキー板。簡単な電車との接触。焦り抱え持つ者を中心に回したスキー板の反動。遼の頭上の先にある、達哉の顔に直撃す る。

『ぎゃっ!』

 こらえる達哉。靴紐を持っている遼。バランスを崩す達哉。遼が見上げた時には、達哉の顔は電車に接触。反転する顔。気付きはじめる周囲。最初の悲鳴は、 反転した顔の達哉と、目を合わせた刹那の者。その力が抜けた体は、電車へ再度巻き込まれるように、触れて、はじかれて、無気力に飛ばされる達哉。既に真後 ろへ倒れている遼は、達哉を見失っている。遼の後ろから聴こえる、高い悲鳴、低い慟哭。一番理解していないのは、一番身近な友人。叫び声は続く。




【本屋の男】






 初めての実況見聞に警察署での調書。その後は学校へは行かず自宅に向かった。

『なんでこんな事に……達哉……』

 大学のサークルへ連絡することも忘れ、全てがいつもと違う今日の出来事を振り返る。

『あのおじいさんに逢ってなきゃこんなことには』

 八つ当たりに似た感情。戻ることのない友人の出来事。今朝の会話のどこかに恨む原因の一つでもないかと、遼は自分に対して伝えてきた言葉を思い出してみた。

『運命とかなんとか……どんな運だよ! LUCKY? どこにあるんだよ! くそっ…なんだっけ?LUCKじゃなく? 君にはセレ、セレン? もう一度会ってあのセレ……なんとかってなんなのか聞いてみたいな……』

 何かに納得したい。紛らわしたい。これから遼に起きると言った言葉の意味。いつもの帰宅路を変え、通学に使う坂に向かった。
 急な上り坂になるため普段は使わない帰宅路。天候の変わりやすい今日。自転車を押して登る。乾いた路面は想像よりも進み易い。

『え?』

 自転車を乱暴に置き、横道に走った。

『看板がなくなってる』

 木彫りの看板がなくなった事に驚き、奥へと走った。数人の体格のよい「男」が見える。



『すいません! ここの本屋のおじいさんは?』

 男は答える。

『あの方はもうここには来ない。帰りなさい』

『あの、失礼ですけど身内の方ですか? あの方って?』

『ここでの用が終わったようなので引き払いです』

 聞く耳を感じさせず突き放す口調の男。二階でベランダの物を中に入れる男。関係性を尋ねるよりも、老人の所在が気になる遼。

『あの! 僕、今朝会ったばかりでおかしな話を聞いたんで尋ねたかったんです! 運命とかの話で……』

 変わる男の顔つき。

『君が……なんとも運命的なことだ。いやあの方が君に近づいた結果か』

 何か理由があって出会った。それは核心。知っていれば違う一日。それは、いつもと同じ一日。

『詳しく教えて下さい』

 男は軽くため息をついて答えた。

『話して理解することでもない。そして自分が弱い人間と思うなら……極力人に近付かない事だ』

 更に気になる遼。しつこく聞いて教えてくれる男にも見えない。遼は語りたい。今日の出来事。聞けば反応するであろう。遼にとって放ってはおけない出来事。重要な出来事に、重要な返事を期待する。

『おじいさんに会ったあと、僕の友達が今日……目の前で死んだんです!』

『そうか、気の毒なことだ……もしかして君が死ぬところだったんじゃないのか?』

 遼は愕然とした。あの時しゃがんでなければ、靴紐を手で持ってなければと。

『あのおじいさんが僕と関係があるんですね! 教えてくだ……ぅ』

 突然の吐き気。刹那の遼は、なんとなく、というよりも、自然と右側に体をねじりたくなった。動かなければ直撃は免れなかったであろう瞬間。左側には三階 建ての本屋。別の男の過失か、二階にある大きな植木鉢に当たり、落ちてきた。植木鉢の植木側が目の前の男に当たるところだったが、素早い反応で右腕で防い でいた。

『大丈夫ですか?』

『あぁ……けれど君はもう帰った方がいいな』

 電車の事故と比べれば大したことのない出来事。だが遼がいることが良くない事に聞こえる。どうかなったのかと不安にかられた遼は呟く。

『僕は……どうすればいいんですか』

 助言が欲しい。何かがおかしい。弱い人間であると認める。言葉を求めたい人間は、自然と無意味に自分の顔を触る。

『君にとっての問題ではない。まわりの人間と今は近づきすぎないように、距離をおくといい』

 なぜ隠すのかと、遼が感じるのは相当な情報量。具体性のない言葉には、力を入れた目で訴える。そして遼の目力を感じた男の反応は、何も情報を与えない決別。

『これ以上の問答はごめんだ! もうここを去りなさい!』

 遼の表情から返された強い口調。これ以上はいられないであろう空気感。涙目に無言の会釈が精一杯。静かに自転車の場所に戻り、自問自答しながらアパートに向かう。




【自問自答】






――僕はどうしたらよい? 僕の存在が災いを呼ぶのか? 本当は僕が電車に跳ねられたのか? なら達哉は僕の身代わり? 僕は誰かに近付くと誰かに降り懸 かる? あっ、何か起きる時、僕は調子が悪くなった。あれが予兆? サイン? 誰が? 自分が? なぜそんな身体に? おじいさんは言った。君に譲った と……でもいつ? どうやって? 何を? 今までおじいさんも同じ事が? ならどうやって今まで生きて……そうか……災いが予兆で避ける事が出来たなら、 予兆を感じとって避ければいい。少しワクワクする自分がいる。けどそんな馬鹿な話があるのか? どう確認する? おじいさんは言ってた。運は結果の偏 り……かたより? コインは二分の一だ。けれど二回やって表裏一回ずつくるわけじゃない。何かの授業で聞いた気がする。二分の一の確率は無制限にやればや るほど二分の一に近付くが、少ない回数は偏ると。僕はその偏りがわかるのか? どうやって試す? 携帯……誰? 『はぃ』

『遼? 達哉が死んだって本当!?』

――同じサークル仲間の「加藤陽菜カトウヒナ」。いつもより声が荒いな……。『あぁ』

『はぁぁぁぁ』

――泣きそうな声だな……少し無言にしよう。

『遼、今私そっち行くから家で待ってて』

『車で?』

『そうよ40分くらいで着くから』

――もし車に乗ることになって何か起きたらまずいよ……少し考えなきゃ。『うちじゃなく別で待ち合わせよう! ま、また電話するから! じゃっまた』―― どうする……今は自分に何か得体の知れない「能力」があるかもしれない。けれど認識が甘い。もしないならの考えより、もしあるなら、なるべくひと気の少な い広い空間がいい。今はもう子供も出歩かない時間だな。公園がいい。陽菜に電話しよう……。

『遼?』

『うん、あの、うちから駅方面じゃない方に、広い公園あるの覚えてる?』

『うん、わかる』

『じゃあ今からそこいくね』

『うん、いくね また後で』――すぐに向かわなきゃ。公園を確認したい。10分ほどで到着するはず。ひと気の少ないベンチも決めて、話し込まなきゃ……。




【公園】






 遼は安心の吐息。ひと気はゼロではないが、ジョギングの人や犬の散歩の人。ベンチに座って、これからの話す内容の展開を落ち着いて考え始めた。
 陽菜と達哉。スポーツ愛好会のサークル。スポーツは先輩が時折草野球の提案する程度。ほとんどサークル内コンパ。出会いと雑談と友達づくりな集まり。そ んなサークル内で、陽菜は達哉がお気に入りだった。他のサークルに比べて目立つ訳でも、流行りに敏感な集まりでもない。その中で達哉は明るくマシな存在。 地味で個性が少ない遼はがり勉タイプに近い。そんな遼は達哉とはウマが合い、陽菜は遼にとっては死語的にサークルのアイドルとよく口にした。

――今回の事故。自分に矛先がいく理由。当事者。人が死んだ。直前まで触れていた達哉の靴紐。理解を求めたい。罵声は覚悟。自分におきている不可思議な出来事は伏せよう。すでに普通の状況じゃない。混乱は避けたい。

 暫くひとりベンチに座り、話しの展開を想像しながら、陽菜を待つ。

『えっ!?』

 突然だった。遼は身体に違和感を感じる。

――気分がすぐれない。何か危険が迫ってる?

 強い緊張感と吐き気を感じる。

『遼!』

 違和感の最中、これ以上ないタイミングで、陽菜が現れた。戸惑い、陽菜が自分にとって何かの脅威があるのかと、哀しみを滲ませる表情で近寄る姿は、電話 より謙虚さを感じる。何があったか知りたい。納得したい。色んな言葉を表現したくなるほど、普段と違う陽菜。今はそんな陽菜の雰囲気より、明らかに挙動が おかしい遼。陽菜の言葉は質問より心配から始まる。



『ん? 大丈夫? 顔色やばいよ』

 遼の緊張は増す。何か起きるのかと。

『陽菜……近付かないでくれ』

『え? 何言ってんの? てかマジ大丈夫なん?』

 気にせず近付く陽菜。遼は体にきつく腕を組み、うつむき始めた。そんな時、後ろから声がした。

『あなた大丈夫?』

 犬と散歩中の年配女性。遼の挙動は、心配を生む。女性は声を掛けずにいられなかった。

『うわぁぁぁああ!』

 耐えられなくなった遼の固めた腕が離れた。体中に緊張、いや力がみなぎる。意思と反して動き始める体。理解が出来ない。自分の体と思えない。不可能となった、意思と肉体のコミュニケーション。
 遼の左肘。減り込む左頬。打ち付けた無罪な女性への鉄槌。どれほど力を込めたのかと、背筋が凍るほどの距離。威嚇する飼い犬。

『キャア!』

 陽菜の声と同時に、別の声が聞こえる。

『水谷ー!』



 二人の男、それは今日警察署で遭った「町田マチダ」「鈴村スズムラ」刑事である。感じた事のない力。今……意識はあるのか。おそらく遼を尾行していたと思われる雰囲気。町田を先頭に二人の刑事が近付く。

『動くな!』

 二人の刑事は拳銃に手を触れる。

『う゛ぐわぁぁぁぁぁあああ』

 叫ぶ遼。怯み、逃げ出す飼い犬。町田の声とほぼ同時に遼は走り出す。二人の刑事は即座に拳銃を握り遼に向ける。20メートルは離れている刑事に向かって襲うように走る。形相だけの判断なら、警告も必要がなさそうなほどの緊張感。

『撃つぞ!』

 町田は威嚇して距離を空けたかったが、鈴村は発砲した。乾いた音が響く。鈴村は足を狙って発砲した。しかし遼には当たってない。町田も発砲する。遼の動 きは発砲前から常に一定しない動きで走る。銃弾が当たらない。狙う箇所が定まらない。的に嫌われた銃口。遼より揺れる拳銃。引き金の度に、失う平静。不可 説。繰り返す不可説。転じた思考は白さを増す。すでに遼は目の前。遼は左手で拳銃の向きを変える。

『ぐぁ!? な!?』

 町田は遼の力に逆らえず、その向きに発砲する。

『ぁあ!』

 鈴村の顔に銃弾。顔でおきる小さな破裂。陽菜の視界の片隅で倒れようとする鈴村。視界の中心は遼の現実味のない凶行。遼は右手で町田の顔に当て、二本の指は、町田から永遠に光を奪う。

『ぁああがががぁ』

 遼の指の根元まで。

『はぁ……ぁぁぁ……』

 膝をつく陽菜。遼はまだ指を離さない。

『はぁ……はぁ……はぁ』

 指を町田から抜く。

『ぁあ……ぁあ……ああああああーー』

 左手は白い。右手は赤い。自分の両手を眺めながら叫ぶ。

『キャアアアアアアアー』

 陽菜の叫び、通行人は近付く。遼はゆっくり辺りを見回す。

『陽菜……』

 陽菜を見る。その表情は、見たことのない陽菜の顔。初めて表現する形相の陽菜。

『いやぁ……いや……いやぁぁあぁあぁぁー!!』

 恐怖からの逃亡。恐怖の対象である遼は、うつろな目で逃げる様を眺める。自分はどこにいる。ここにいる。夢ではないのか。まだ感じるであろう右手の温も り。体中が妙な痛みがあるのか、理解の出来ない動きのせいか、痛がるように両手で体をさする。筋肉の極端な膨張と収縮。撃たれていない理解。罪を犯した手 を拭いたい。ゆっくりと公衆トイレに向かう。手を洗う。取れない。爪に残る証拠の朱。拭えない心の垢。遼は呟く。

『僕は何をした……人を殺した!? 人を殺した!!!? 人を殺した!!!!』

 公園内の通行人が騒ぎ始めている。一気に恐怖が身体中走る。何をどうすればわからない。逃げたい。すぐに自分の自転車に乗り、無我夢中で走り始めた。体 中に血しぶきがついたまま走り続ける。無意識に自宅方向に向かっていた。遼は困惑しながら考える。頭が真っ白になってきた。今日の出来事。自分のした事、 罪の意識、どれも頭の整理が出来るものではない。遼は今までの事の混乱よりこれからどうなるか考えた。

――僕はどうなる! 捕まる? 当たり前だ! 目撃者もいる! 陽菜に関しては始終見られてる! 僕に起きてる事を説明できるか? いや、ただ頭がおかし い奴にしか見えない! 僕のしたことは異常だ! 僕は捕まる! 今日? 明日? なら早く自首したほうがいい! 動機? そんなのない! 僕が聞きたい!  もう暗くて良かった……返り血が目立たない。けどすれ違えばすぐわかる。まずどうする? 家に帰る? もし家に警官がいたら? ゾッとする……また公園 と同じことが? 駄目だ! 今は誰にも逢えない! 僕は僕を制御出来ない! また被害者を増やすだけだ! 僕は僕がしたことは覚えている……でも余りに理 解出来ない。僕は銃弾をかわした? いや、どんなに反射神経があろうと、普通に扱いを知ってる刑事の弾が避けれるわけがない! 僕の身体が僕の意識より先 に反応したんだ……これから発砲されるだろう軌道より先に、避けられるスタイルに身を動かして、発砲された時には次の危機に身体が反応している。けれどそ れを判断するのはきっと僕の目と脳だ……僕の頭の中があんなに激しく揺さぶられた気分になった事がない……何が正解!? 僕は捕まって成り行きに任せられ るなら、もうそれでも良い! でも僕の身体がそうさせない! きっとまた誰かを傷つけるだろう……今はまだ身を隠して自分を理解しなきゃ……。

 自問自答を繰り返す遼。今の自分を少し理解しながら、自転車をこぎ続ける。家には向かわなかった。




【着信履歴】






 今の場所から近く、身を隠せるところを考えた。その場所はすぐに浮かんだ。

『あの本屋だ』

 引き払ったと思われる館。しばらく身を隠して考えるには、絶好な場所に感じた。自分のアパートを避け、少し遠回りに本屋のある坂に向かった。パトカーと 救急車。サイレンを鳴らしてすれ違う。遼は道路脇に身を隠した。公園に向かって、救急車とパトカーが数台向かっている。パトカーが見えなくなると、急いで 本屋の横道に逃げ込んだ。

『ハァ……ハァ……ハァ……』

 走り続けて息が荒い。本屋に光は見えない。自転車を建物の陰に置き、どこか侵入出来ないか探した。裏口。ドアに鍵が掛かってない。

――もう……もぬけの殻かな

 侵入する遼。真っ暗な空間。意外と広く感じる空気感は、なるべく端を手探りでゆっくり進む。棚にぶつかり本が落ちる。

『いた! はぁ……はぁ……喉が渇いた』

 本は栞が挟まっている頁が開く。暗闇の中では気にする余裕はない。最初のドアを開けると洗面所があった。遼はすぐに水を飲み、顔を洗い、窓からの月光で鏡に映る自分を眺める。

『酷い顔だ………ハァッ!?』

 遼は突然大きく驚いて、壁に背を当てる。どこかで携帯の電子音のような音が聴こえる。遼は暫くたたずみ、落ち着きを取り戻し、まず自分の携帯の電源を切らなければと考えた。すぐに電源をオフにして、さっきの着信音の付近に近付く。

――携帯の光……まだ点いてる!

 光が消える前に、すぐに置いてある携帯を取り、着信履歴を確認した。

『seren……dipity』

 携帯からの着信履歴。セレンディピティと表示されている。着信履歴は30分前。先程と合わせて計二回鳴っている。

『これは……もしかして僕に? でも僕がここにくることなんて……ん! 微かなタバコの臭い……さっきまで誰か居た!?』

 誰かが置いた携帯電話。タバコを吸わない遼には感じる残煙感。遼は今日の出来事を考えれば、不思議とは感じなくなった。自分の事を知っている人と連絡できる、着信履歴を表示した状態で発信を押す。繋がる音。そして受けた相手の無言。

『も、もしもし……』

『今朝の青年かね』

『今朝のおじいさんですか? あ、あの、僕! 今朝から大変な事になってます! 説明してもらえませんか!?』

『騒ぎはすべて聞いておる……君は殺人犯じゃ! 誰がやったでもなく、紛れも無く君の行為じゃ』

『そ、そんな事言われなくてもわかってます! けれど、けれど! 僕の意思じゃない!』

 いきなり犯罪者扱いされた様に聴こえた遼は、少し興奮して言い返す。

『そうじゃな……わしが君を選んだ理由。それは、君が今日……死ぬはずじゃった』

『僕が……死ぬ……はず? え!?』

 遼は言葉を失い、老人の言葉を待つ。

『わしらの能力は、人の命を自分の保身の為に奪いかねない力。自分の死の運命を避け、別の人間が請け負う可能性もある。君に一度すれ違った事がある。体の 力が抜けたんじゃ。それは近い未来に、死ぬ事が決まっている人間であり、その前にはわしらは無力なのじゃ。わしは君に近づいた。わしは永く生きすぎた。君 に譲るためにわしは……今日部下に、君を殺すよう命令した! 君がどこかで死ぬ前に! 今朝、坂の下りに部下を配置させたのじゃ……じゃが君の運命は、や はり横道にそれたようじゃ』

 遼はまだ言葉がでない。全てが自分の知らないところで事がおこっていた。この老人の策ともとれる、先見の明によって僕は操られてたと。

――僕は死ぬはずの人間? 僕はこの老人に生かされた? 僕は本当はすでに存在しない人間?

『わしの力は死ビトに生きる道標を吸われたと言うことじゃ。短時間近い距離におれば充分。わしはこのままなら、普通の人間として死ぬ事ができるじゃろう。 これがわしの幸福じゃ。さて、これからだが……君の新しい人生をどう生きるか。死ビトを捜して今朝までの自分に戻るか? 今の自分を受け入れて、抜け道を 捜すか? どちらにせよ君が今のままでは、能力に振り回されて狂気の怪物となるだけじゃ! 能力を自分のものにしなさい。君はこのままでは、自分じゃなく なる。正直君には荷が重い……知識・経験・体力・精神力。全てが磨かれてないと、操れるものではない……道標として、わしが今の君に言えるのはここまで じゃ』

『あ、あの……僕は今からどうすれば……』

『逃げろ!』

 光と轟音が突然現れる。ヘリコプターが上空を飛ぶ。

『はぁぁ!』

 身体中が悪寒に襲われる。

『おじいさん! おじいさん!』

 携帯はすでに切れている。




【包囲】






 窓から覗く遼。すでにパトカーと警官隊が建物付近に見える。近づき過ぎない距離に配置。建物を取り囲むように広がる。

『はぁ! はぁ! はぁ! 僕の緊張感が増す! 息苦しい! どうする、どうする! どうする!! 僕の中の狂気が……溢れそうだ! いっそのこと意識を なくすか? この力を解放して、成り行きに任すか? 建物が取り囲まれた! このまま時間が経てば警告され、出なければきっと踏み込まれる! 僕は一人 だ! 容赦する理由がない!』

 遼は頭を抱えた。

『落ち着け! 落ち着け! お前は僕だろ! 勝手に動くな!』

『ハ! ハハハ! はぁっ! はっはっはっぁ〜ん!!』

 遼は今日一番驚いた。

『はは! あなた、何独り言いってるの〜? 面白くて出るタイミング失ったわ』

『あなた……は……誰ですか?』

 柱にしがみつきながら、遼は質問する。

『おじいちゃんに頼まれて「ハル」ずっと二階で待ってたのよ? あなたここから逃げたいんでしょ? でもね、あなた無理。撃たれて死ぬわ。ちなみにあなた今、気分悪い?』



――僕ぐらいの歳かな……随分早口で…この状況で元気な女性だ。いや、すぐに淡々とした冷たさ……タバコ……彼女から微かに……携帯は彼女が? おじいちゃん……あの老人の孫? 今、僕は身体が落ち着いてる気が……『いゃ……悪くない……です』

『じゃあ私が助ける訳ね。おかげで私が気分悪いよ』

『同じ力があるの?』

『じゃあ私人質だからこれ使って』

 質問の答えなく、放り投げてきたのは拳銃。重さに焦り落としそうになるが、慌てた両手は上手く指に絡んだ。

『ふ! ふ……ふぅ……ぼ、僕にどうしろと?』

『あなた頭悪すぎ! んで行動遅いわ! いくわよ』

 作戦なく動く遼。彼女は遼を引っ張り、玄関から出ようとする。

『あ! ん……やっぱこの方法だめみたい……却下ね、さっきの』

 「何か」を凝視した様子で目を切り、たじろぐ遼から拳銃を取り上げ、後ろ腰に刺し、一人で外に出ようとする。

『あんたは裏口近くに居て!』

 すでにどう挙動していいかわからない遼であるが、闇に目が慣れた事もあり、裏口は近くに感じる。気になるハルの行動。様子を探りたい遼。

『水谷遼ー!!』

 スピーカーからの声。明らかな指名手配的人物。遼自身、自分がそんな大それた標的になる事に、実感が湧かない。

『もう包囲してある! 出てきなさ……』

 声が途切れる。彼女に気付いたからであろう瞬間、窓から彼女の姿が見える。堂々としたたたずまい。真っすぐ警官隊の指揮者らしき人物に向かう。

『止まりなさい!』

 警官は保護と容疑者の両面の可能性を視野に入れ、武装警官隊に連絡を入れる。裏口に回っていた警官隊は数人、玄関側に現れる。

『両手を上げなさい』

『はぁぁい、上げて……いいのね』

 両手をゆっくり高く上げながらも、広げない両手の親指が、何かのスイッチを押す。突然の衝撃に慌ただしくなる警官隊。どこを警戒していいか迷う足どり。 爆発がおきた。二カ所。横道付近の林の中と館の表。彼女の仕込みであろうと考えるのが普通。そう思考する遼も顔を両腕で塞ぐ。防御に徹する警官隊。そして 遼にはハルの姿が見えない。声、駆け足、館の裏で何か別の動きの気配を感じる。重なる銃声。重ならなくなる銃声。すぐに音はやんだ。気配が消える。静かに 開く裏口のドア。

『早くでて』

 まだ玄関側に居た遼は、戸惑い慌てながら裏口に走る。ドアから顔を覗かせた瞬間、目に映る警官隊。仰向けに、うつぶせに、確認出来るだけでも4人は倒れているが、触れずに意識は確認出来ない。

『こ、殺したの?』

『話はあと、逃げるよ』

 ヘリコプターがまた上空に現れた。上空からのライトで確認される前に、表にいる警官隊がくる前に、二人は建物裏の森林に逃げ込んだ。




【森林】






 館の後ろ側は深い森林。開拓も始まっている事で、目立たずに逃げるルートは限られる。ハルは急いでいるはずの中、立ち止まり、深呼吸をする。度々あるその挙動に遼は不思議にも感じ、頼りがいを感じる。「辺り」を左右にゆっくり眺める。


『こっちょ』

 ハルは決めた方向に一気に走り出す。

『もっと早く走れないのぉ?』

 遼は急ぐように試みるが、まるで普通の自分の身体にしか感じない。

『ハァッ! ヘァッ! は……早くって! 無理だよ! ハァッ! 何・も・見・え・な・い・んだから!』

 ハルは突然立ち止まった。

『はぁ……はぁ……うっ!』

 遼の身体に緊張が走った。

『ハ……ハル? さん?』

 身体の悪寒と緊張が一気に膨れる。遼の身体は意識より、また早く反応した。遼の頬に血が流れる。ハルが襲い掛かってきた。そばに落ちていた太い枝を掴 み、本気で攻撃してくる。色んな角度からの攻撃に、遼の持ち前の反射神経以上に反応してよける。けれど暗がりの中、月明かりの僅かな視野を強く頼りに意識 している遼は、認識の限界がみえる。

『がぁ……う゛ぅ……』

 ハルは木の枝を捨てた。

『緊急事態のみか……遼だった? 遼、あんた……死ぬよ?』

『ふぅ……ふぅ……ふぅ』

 自分には限界以上の動き。上回れないハルの動き。遼は無敵ではないことを悟らされた。

『服脱いで』

『はぁっ?』

『何勘違いしてんのよ! あなたじゃ足手まといなのよ! 早くしな』

 遼は慌てて上着とパーカーを脱ぐ。

『あたしが時間稼ぐから! ヘリコプターの逆走って! あんたは逃げ切るんだよ!!』

 遼の上着とパーカーを奪い取ると、ハルはすぐに走り始めた。遼はまた一人になった。ハルの言う通り、ヘリコプターの向かう逆を走り続けた。

『ハァッ! くそっ! どうしろっていうんだよ! ハァッ! ハァッ! ま……また!』

 遼の身体は緊張が走り、危険信号を出していることを感じる。

『何なんだよ! 何が!? この先は危険!? じゃあ! あっち! ん!? こっちも緊張が! わかんないよ!』

 そして、その身体中の違和感は、「何か」意味を感じずにはいられなくなった。

――何が? 何を? ハ……ハルは何を見ていたんだ? く! 『集中しろ! 集中しろ!』

 意味のわからない危険信号に囲まれた、進みづらい目の前の道。すでに道を見失った遼は、今この状況で考える時間が無限だと考える。遼はハルが逃げ道を決 める時の「たたずまい」を思い出し、心の雑音を静めて、全身で360度に神経を研ぎ澄ませた。その行為すら、意味がわからなかったが、藁にもすがる面倒な 自体に、道を選べない遼には、誰かの真似をする選択肢しかなかった。真似をしてこそ知らなかった真実もある。洞察力は、良くも悪くも、完全にシンクロしよ うとした者にしかわからない景色がある。それが今だった。

――見える……色々な形で「光る道」が……僕が道を、角度を間違えるだけで、違う運命が待っているのか?正解があるの? 何十本もの道。だけど「波長?」 が微妙に違う道がある。大きい……細い……ギザギザ? この道は……違う。身体が少し緊張する。この波長と違う道……ひとつ……ふたつ……ふたつだけ だ……どちらも緊張しない……だけど……ひとつは……。

 遼は大きく道の方向が異なる。二つの道に絞る。

――ここで一番一歩を踏み出しやすいのは……僕の走る方向は……『ハルの方角だ!』

 遼は初めて自信を持ち、信じる方向に走った。方向が初めて自分で決められた遼。

『身体が軽い! 力が湧く!』

 自分で決めた正解と思われる道に踏み入れると、遼は今まで味わったことのない軽快な自分に興奮する。

『動く! 動く! 僕の意思で意識を保って! 僕は身体をコントロールしてる!』

 ハルを観察して、自分の無力さを知り、表裏あるコインのかたよりを正解。自分の道を決める方法を理解した。走り続けると、聴こえてくるヘリコプターの音。後ろからもヘリコプターが2機現れた。3機は全て同じあたりに留まっている。遼は静かに様子を探る。

――この先は開拓された崖だ……崖に囲まれた真ん中にハルがいる。ヘリコプターから何人も……迷彩色の……兵隊? ロープで降りてくる。

 遼が見ても戸惑ってる様子がわかるハルの表情。逃げ道が見付からないように見える。銃口を常にハルに向け、距離を縮める。スピードがあろうと、パワーがあろうと、逃げられる見込みがない様子に見える。
 迷彩色の人間次々と降りる。20人はいるだろうか、ハルの回りに機関銃を持った、何重もの厚い壁。ヘリコプターの光は、ハルを中心に照らされている。迷彩色達は囲んだまま動かない。見上げるハル。顔は恐怖で引きつってるのか、口を開き、目も大きく見開いている。
 何かヘリコプターから降りてくる。電話ボックスのような檻。人が入っている。拘束されてマスクをした男。それはゆっくり降りてくる。ハルは苦しいのか震 えている。戦闘意欲は感じられず、すでに膝を地につけている。電話ボックスのような檻は、ゆっくりハルの目の前に降りた。

『いやああああ!』

 ハルは檻の中の男に、大きな恐怖感を声で表現する。周りを見回し、逃げ道を捜すハル。さっきまでの余裕が感じられない。周りの迷彩の兵隊は、全く動こうとしない。

『僕はどうする?』




【運命の道】






 遼は考える。

――可能なら彼女を助けたい。けれど可能か? 道はあるのか?

 遼は集中して、運命の道を探した。

――道が見える……けれどハルまで届いていない! ただ突っ込むだけじゃ無理だ!

 突然鳥の大きな叫び声に、迷彩色の兵隊数人が、泣き声を確認する。

『あっ! 一瞬道が!』

 一瞬の物音で、兵隊の意識がぶれる様子。ハルまでの運命の道が見え隠れする。何か大きく気をそらせる方法はないかと。遼は見上げた。崖の周りは茂る高い 木。大木にはびこる、細い無数の道。この道はヘリコプターに繋がる道。しかしヘリコプターのプロペラで道が終わる。遼は林の辺りを見回した。木のひとつひ とつに、能力者だけに見える波長が見える。大きそうな波長もあれば、細い波長も、波うったり、ギザギザしていたりする。ギザギザで細い道を避けてここにき た遼は、ここまでの道と同様、消去法に大きく波の緩やかな波長を捜す。

『あった!』

倒れている枯れたような大木。一番良い波長を感じた。

『これを……どうすれば……』

 遼は持ち上げられるか試みる。普通なら見ただけで諦めてしまう大きさ。

『僕には今普通にはない能力がある! やらなきゃわからない!』

 自分に言い聞かせる遼。すでに今までの人生では有り得ない事の連続。頭で考え避けてきたような、無理と思っていた行動。思考は少しずつ、考えるより体験から覚える、脳内革命が始まっていた。

『んんっ……あっ! やっぱり! 波長の合うもの! 正解な事には力が発揮出来る!』

 大木を抱えながら崖に近付く。大木を抱えて道を探すと、また違う道が見える。

『さっき以上の道の数だ』

 ハルは両手を地につけて、もはや立ち上がる気配には見えない。

『急がないと』

 遼は大きく波の緩やかな波長を捜す。しかし崖の下には見当たらない。遼は目線を上にずらした。

『こういうことか』

 大きく波の少ない波長が、ヘリコプターに向かって伸びている。

――僕があそこに? いや届く気がしない。

 大木を強く抱える遼。波長も大きくなる。

――わかってきた……けれどその後は……信じよう……自分の能力を!

 遼は少し後ろに下がり、大木を肩に乗せた。

『ああああああ!』

 崖付近まで一気に走り、抱えた大木をヘリコプターに向かって投げた。狙いはわからない。従ったのは見えるライン。波の軌道に合わせて投げた先、砕ける大 木の先には、肉眼で羽の動きが見えそうなほど、回転が遅くなるヘリコプターの小さいプロペラ。迷彩色達は皆、ヘリコプターの異常な音に反応する。ハルに向 かって伸びる道。波は激しいが、大きな道が現れた。

『運のかたよりを! 自分で見つけたんだ! 僕は!! 今だ!!』

 数人が遼の存在に気づく。遠回りだが、一番大きい波長の道に駆け走る。普通に見る者には明らかな無謀。自ら捕まりに来たのかと想像してしまうほどの登場。

『ハァッ!』――この距離とタイミングじゃ! 普通に彼らにやられる!

 兵隊たちは、遼に銃口を合わせる。ハルは動かない。

『ハァッ! ハァッ!』――何が起きるんだ!? 無理じゃないのか!?

 自分の道を信じて、だが何が起きるのか想像も出来なく、不安も混じり、無我夢中に走る遼。兵隊達は勘繰る。何か所持しているのではないかと。それ程無防備に、遠回りに、こちらに近付いてくるただの青年。
 ヘリコプター1機への攻撃。意識の分散。事故機より離れようとする他のヘリコプター。それだけの事だった。油断した事は、ヘリコプターに下がるロープの 存在。ヘリコプターの小さいプロペラが、機能不調になったことによりぶれる機体。その機体から下がるロープは、檻を下げた鎖に絡まる。強度を考え重ねた鎖 に絡まるロープ。それを中心に故障したヘリコプターは旋回。操縦不能なヘリコプターの危険な旋回は、衝突を免れる事は出来なかった。大きなプロペラが激し くぶつかる。羽を失った機体。自分達の真上でおきた出来事は、被害規模の予想が難しい。離れる事が最善。「拘束力のない」集まり。雇われた集団は、各々の 安全地帯に避難。遼はその隙にハルに接触。

『ハル!』

 意識が無いことがわかる。ハルを抱え大きい波長の道の続きを走る。安全を確保した兵隊は遼に向かって激しい銃撃。遼の運命の波長は変わってない。止まれない。道があるうちに、消えない限り、振り返らずにハルを抱えて走る。
 ヘリコプターの真下は檻。一直線にヘリコプターが堕ちる。そして檻と鎖で繋がれたヘリコプター。巻き込まれた先は一緒。激しく爆発する2機。上昇中の1機は、爆発から避難するように離れていく。
 走り続ける遼。道はまだ続いている。止まれば終わる人生。止まれば望まない人生。遼はすでに体力が限界にきていた。一歩でも道の終点に近付きたい。この悪夢から逃げ去りたい。

『ハァッ!! グハァ! ハァッ!』

 気持ちの限界。何がおきても抵抗の手段がない。止まる足。ハルを丁寧に光の上へ置く。軽くならない重圧。まだラインは見える。せめてその光が見えるうちに、光の上で意識を失う事を選んだ。




【死刑囚】






 機関銃の音が響く森林。それでも目を覚ますことのない遼。どれだけ時間が経ったのか。

『起きて!』

 顔に痛みを感じる。その痛みは直前まで自分を襲おうとした銃弾とは違い、じんわりと感じる程度な手加減を感じた。

――どのくらい気を失っていただろう。

 目が開かないうちに、再びハルに平手打ちされて無理矢理起こされる。

『っつ! 痛ぁ! ハル!』

『逃げるよ!』

 自分達に向けられてない銃撃音。状況がわかっていない遼。察したハルは簡単に伝える。

『いま奴ら……戦ってる』

『えっ? 誰と? 僕らの味方?』

『そんな優しいもんじゃないわ』

『え、じゃ、じゃあ、とにかくここはまずいよ!』

『あなた道は見える?』

 遼は思う。なぜ自分の能力を頼りにするのか不思議に感じる。けれど、無駄な動きのないハルに、余計な質問の無意味さにも慣れてきていた。

『捜してみる』

 遼は一呼吸つき、辺りを見回す。

『いい波長は……』

『波長? あぁフェム(FEM)の事ね』

『フェム?』

『Fortune(幸運)Electro-Magneticwave(電磁波)の頭とってフェムよ。能力者にしか見えない光のラインの事』

『なるほど……フェムね』

 聞いたことのない言葉についての意味を聞いて納得すると、遼は辺りに見えるフェムを、慎重に眺める。

『どうなの? ちゃんと見えるんでしょ?』

『みんな綺麗な道じゃない……時間が経って運命が変わったんだ!』

 背後に迫る機関銃の音。迷う時間は縮む命。

『一番大きいフェムでいいわ!』

『わかった……あっちだ』

遼は機関銃の音から、一番遠ざかるフェムを選択した。

『急いで逃げるよ』

 走る二人。しかしハルの足どりが重い。それは先程まで叱咤された遼からすれば、明らかな理由を感じさせるほどであった。

『ハァ! ハァ! 怪我……してないよね?』

 走りながらハルに聞く。ハルは眉間にしわを寄せながら、悔しさが混じっているのか下唇を噛む様子が見える。

『ハァッ! ハァッ! 能力を……奪われた』

『え? いつ? つまり死ビトがいたって事?』

『ハァッ! ハァッ! あの檻にいた男……「死刑囚」よ……司法取引をして海外から連れて来たのよ! ハァッ! 私たちを無力にする常套手段!』

『ハァ……ハァ……そんな……僕らの能力は知れ渡っているの?』

『おおやけじゃない……けど今日あなたは目立ちすぎたわ! 私たちの力は、武装国家から見れば最高の研究材料よ』

 遼はなんとなく理解した。けれど、よく今まで知られてないものだと不思議に思い、責められている気分を晴らしたい気持ちもあってか、皮肉を込めた言葉を吐く。

『ハァ……ハァ……さっきの本屋の出来事みたいに……殺して生きてきたんでしょ!?』

『ハッ! 殺してないわよ』

 ハルが革ジャンのポケットから取り出した物。スタンガン。火花を散らせる事で遼に理解させる。それはハルの行動には考えがあって、何も知らないのは遼自身だということが心に響く。

『私たちは無意味に殺さない……ハァッ! ハァッ! 静かに生きたいのよ! 人を殺すと……恨みが残る!』

 何も言い返せない遼。同じくらいの年齢に見えても全てが自分より上回る一貫性を感じさせられることに言葉も返せない。
 「慣れない体」に立ち止まる事となったハル。今まで感じた事がないほど、無力感を感じる限界。

『ハァッ! ハァッ! くそ! 私はあなたが暴走しない為の監視役! けれど遅かった! ハァ!ハァ! あなた今日、町田って刑事とやり合ったでしょ!  彼の親は警察庁の重役よ……あれだけの騒ぎになればすぐ海外まで情報は流れるわ! ハァ…ハァ……私は警察無線傍受したあと爆弾を仕掛けて二階で待ってた の! おじいちゃんが、必ずあなたが来るからって!』

――僕は……なんて小さいんだ。

 遼は心から反省し始めた。これは全て自分が撒いた種だと。謝ればいいのか。抱えて走ればいいのか。遼の言葉を待つのに苛立ちを感じ始めたハル。そして自分自身の体の弱さにも。

――今は自分が走り出さなければ、それに自分が逃げられるなら……能力のある遼もきっと逃げられるはず。

 反省ばかりを考えてしまう遼の心境と、遼を逃がすことを最優先に考えるハルの思考。言葉には出さず、呼吸を整えるハル。深く吸った空気を息吹吐く刹那、 「それ」は後ろから飛んできた。突然、「それ」は真横の大木に飛んできた。すでに生涯最後の息も吐き終わったであろう一見「それ」は認識と現実味を疑う。 体中引き裂かれ、四肢をもがれた、迷彩色の兵隊。遼の緊張感は一気に高まる。そしてフェムは全てぼやけてきた。

『来たわ……無意識の怪物が! 行きなさい! 私とじゃ逃げ切れない!』

 自分には言えない言葉。能力のある自分を逃がす生身の女性。ハルの強さに感心すると同時に、迷いに戸惑う遼。

『ハル!……無理だ! 能力のない生身じゃ! 町田と同じ事になる!』

『あ・ん・た・と一緒にするんじゃないわよ!! こっちは生まれた時から持った能力だったのよ!!』

 怒鳴るハルに遼は言葉が出ない。情けなく感じる。逃げる事も、残る事もまだ言えない自分に。

『きた!』

 ゆっくりと現れる死刑囚。月光で確認出来る姿。




『ぁあああ……』

 遼は初めて見た恐ろしい姿に、体が震える。これが生きている様かと目を疑うほど悲惨な姿。

『なぜ立っていられるんだ』

 ヘリの爆発に巻き込まれたであろう吹き飛んだ左腕に、左半身はほとんどただれている。的になりやすい大きな体に、銃撃された無数の跡。直視出来ないその姿は、雲に隠れた月によりくすみ、暗闇と混じる。




『ずっと興奮状態が続いてるだろうから……痛みを感じるのが遅いかも……それとも完全に無意識の怪物となったか……どちらにしろ……彼はすぐ死ぬわ。でも、それは立ちはだかる敵が居なくなった時……動かないで! もしかして敵と判断されないかも』

 遼はそれで済むならと思いたかったが、恐怖が増す。

『無理だよ! 僕の身体の緊張が弱まらないよ』

『だまって!』

 死刑囚はすぐ近くまで来てる。遼は背中の大木と一体化となるほど体を密着させた。

『落ち着いて! 敵意を出さないで静かに観察するのよ!』

 死刑囚は静かに歩いてくる。おそらく自然とフェムをとらえ、幸福の道へ不器用に歩いているのだろうと感じる足どり。目の前を通る。いや通り過ぎない。遼 の上昇する心拍は、自然な吐き気と異常な冷や汗を誘発。死刑囚は完全に立ち止まった。遼は動揺を隠す方法も、息の仕方もわからないほど混乱してくる。た だ、ただ、気配を消す事に集中した。

『Uu……』

 死刑囚は地面に目が下がり、両膝をついた。そしてそのままうつぶせに倒れる。

『Uu……Uu……My body. The bad body is unexpected. I did such a severe injury ……because of you! (う……ぅ……俺の体…こんな話じゃなかったはずだ……こいつらのせいで俺がこんな目に!)』

 少し距離を空けて様子を見る遼。

――苦しそうだ……落ち着いて痛みが襲っているのだろうか。

 ハルが手を伸ばし、死刑囚に触れようとする。

『What?  Do not touch me.…… The human being that originally I am executed anyway!  I should not have taken plea bargaining……(なんだ? 何する気だよ……どうせ俺は元々死刑になる人間! 司法取引なんかするんじゃなかった……)』

『ハル!』

 遼が手で防ごうとすると、ハルは邪魔に見えた手をはねのけた。ハルは死刑囚にそっと触れる。そして優しく傷付いてない部分を撫でる。

『What is it? (何の真似だ?)』

『I'm so sorry……』

 ハルは一言、謝る。

『私たちが……いなければ……こんな……こんな姿に……ならなくて良かったのに……』

『I understood it somehow.…… I do not understand the deep meaning, but do you sympathize with my severe figure in what was chased? Nonsense(そうか……言葉はわからないが……こいつらも追われて……俺の姿を見て……同情か? バカバカしい)』

 口を歪ませ、涙を流すハル。

『この人は私たちなのよ……いつでもこうなる可能性が私たちにはある』

『Ha-ha……You cry why!  Did you let you overlap with oneself?I do not have the child, too! The feeling does not rise in the sentiment of the kid, too! I do not understand the feeling of a parent protecting a child!A feeling to keep……There was the partner whom I protected. I protect each other. The fellow whom I left a back to……I was protected. Ten years. An animal of what kind of [creature] early speed! Do not betray it at any time; there is not……Did the child inherit the soul of that fellow?……If that fellow lives……Is it your year?(ハハハ…なんで泣く! 自分とダブらせたか? 俺は子供もいねえ! ガキの感傷なんて気持ちもわかんねえ! ガキを護る親の気持ちもな! 護 る気持ちか……護った相手はいたがな。お互いを護り合い。背中を任せた相棒……護られた事もあるな。10年間。どんな「生き物」より早く! どんな時も裏 切る事を知らない……あいつの魂を、子供は受け継いだかな……あいつが生きていれば……お前らくらいの歳か?) 』

『ごめんなさい……』

 遼は反省した。彼の容姿に、彼が死刑囚だということに惑わされて、勝手に敵だと判断してしまった。

『I am the human being who is tough from old days! Then the severe state like me is natural by all means a battlefield! Such a thing does not die! I still have the power to kill you(俺は昔からタフな人間だ! 戦場じゃあ必ず俺みたいな状態の奴がいる! こんなことじゃ死なねえ! お前らを殺す力もまだあるぞ)』

 心に宿る活力。たぎる心の筋肉。彼はまだ動こうとはしない。遼はまだ緊張が取れない。その緊張が、すでに別の気配からと気付く判断力は、遼には難しかった。
 激しい銃撃が三人を囲む。遼とハルはうずくまる。最悪の事態を予感出来る状況。完全に狙いを定めた機関銃。再び現れた月明かりに顔は、歪む笑顔の迷彩色。




【銃撃】






 何人かの足音がする。すでに囲まれている。

『ハル!』

『どうやら覚悟決めなきゃね』

 遼はフェムで辺りを見回す。

『どこにも道がない! 全ての道が細くギザギザで先が見えない』

 ハルは右手でポケットに手を伸ばす。隙を見せない兵隊。ハルの右側に威嚇で撃ってくる。

『チッ!』

 ゆっくりと、取り出す手からは携帯電話。ハルはそっと地面に置く。手が離れたと同時にテンポよく放った銃弾は、万一に携帯電話を使用される可能性を完全に絶つ。銃口を遼に向ける。遼もゆっくり携帯を取り出して地面に置く。同様に破壊された。

『Ha-ha! Do you walk a way same as me, too? It is what's called feeling that one's death is not selected as! (ハハハ! お前らも俺と同じ道を歩むか? 自分の死に際を決められない気分ってやつだ!)』

 死刑囚の嘲笑い。そして遼は、自分に出来る僅かな情報を探る。

――距離を縮めてこない。死刑囚との戦いで学んだのだろうか……けれどフェムの動きで気配がわかる!

『4、5人だと思う』

『私が行動を起こしたら逃げて!』

『Hey.……Do you die if you act? You cannot escape……Young woman……You have a look not to give it up for some reason……Do you think that you can escape? In the present situation……Young woman……What kind of reason would you watch me for? Do you make me even a shield? No way. I do not want to be used by a child!(おい……下手に動くなよ? お前らじゃ逃げれない……女……お前……どうして諦めた目をしてない……逃げれると思ってるのか? 今の状況 で……女……なんで俺を見る……楯にでもする気か? 冗談じゃない! 自分の子供くらいの奴に使われてたまるか!)』

 考察する各々の、考え、狙い、覚悟。共通の考えは自分の運命。それは生還か、根拠なき足掻きか。

『逃げる道がないよ! ならここにいる』

『そう! なら「私がやること」に動揺せずに! 自分のフェムに従って動いて!』

『When I die, I decide it by oneself……About me, it is shame that a child cries……(自分の死に際くらい……自分で決めるさ……俺のために……ガキに泣かれるなんて……)』

 ハルは右手で後ろの腰に挿した拳銃を握る。それに反応して、隊員が機関銃を構えて、容赦なく銃撃を放ってくると感じた瞬間に、二人の目の前に死刑囚が飛び出す。

『uhuhuh!! があぁぁぁ!』

 遼とハルの前に立つ死刑囚は、雨の様な銃弾を浴びる。

――僕らを護っている?

『あ゛ぁ!』

 人の体だけでは防ぎきれない数の銃撃に、ハルも流れ飛んでくる銃弾を肩に受けている。遼はただ、混乱していた。

――どうすればいい! 護る死刑囚! 止まらない銃撃! もう!! もう無理だよ!!

 遼は頭が真っ白になってきた。自分のするべきことも、守る方法も思いつかない。死が近づく感触が、1秒後の自分を考えることもできない。きっとハルも同じ心境かと感じた遼は、ハルに振り向くと、そこには拳銃を握り、自分の左手首を撃ったハルがいた。

『なにを!? だめ! どうして!!!?』

 遼の頭は理解を超えた。そして空を見上げながら、遼の口からうめき声が漏れ始め、月が雲に隠れると同時に、考える事を止めた。それは、自分の体に委ね、能力に支配させる事となる。

『ぐがあ゛あ゛あ゙あ゙ぁぁぁああああああああ゙あ゙ーー!』

 目の前の木に駆け登る遼。兵隊達は遼を見失う。物音に反応して銃撃し続ける。暗闇の森林。月明かりもない世界。機関銃の銃撃。瞬間に見える各々の顔。見 えない相手。それなら逆も同じ条件。近付けば一瞬で蜂の巣。依頼された傭兵達。すでに報酬より興奮。珍しい獲物は仕留める者の名誉。普通の思考ならではの 数ある結論の一つ。だが、フェムの光は、無意識の怪物にとって、安全な標的。

『ギャアアアアァァァ』

 死刑囚のそばに隊員の首が飛んでくる。ハルは手首から血を流しながら、死刑囚に寄り掛かり、ぐったりしている。

『Hey.……Young woman…After all were you going to give it up, and to commit suicide? It does not seem to be me who I protect the person, and die……However……It is better than I wait for the death penalty! I decided a way by oneself……Is this a feeling to protect a child?It may ……not ……be bad……(おい……女……やっぱり諦めて自殺する気だったのか? 人を庇って死ぬなんて、俺らしくもない……だが……死刑を待つよりマシだ! 俺は自分 で道を決めた……これが子供を護る気分ってやつか? 悪くない……かも……な……)』

 全員の標的が遼に変わり、死刑囚はその場に倒れ込む。隊員達は一斉に上方へ銃撃。

『ぐがあ゛ぁ……』

 隊員は手応えを感じる。

『あ゛あ゛あ゛ぐぁぁぁ』

 木の枝から勢いよく飛び降りてくる遼。並んだ隊員二人の顔を掴み、地面に叩きつける。

『ぐわわぁ!!』

 隊員の上の歯と下の歯を掴み、一気に広げる。

『べがあ!』

 その凶行に慌てたもう一人が立ち上がり、逃げるところを後ろから首に噛み付き、引っ張るように噛み切る。

『っあ……ぅあ……ぅあ、あぁぁ……』

 残り二人の隊員は、たじろぎながらも一斉に集中銃撃。隊員を盾に近寄る遼。所々銃撃を受ける。

『ぐがぁっがぁっ』

 遼のスピードが落ちる。両足に撃たれ足が止まる。倒れ込む遼。

『があ゛あ゛あ゛あ゛』

 ニヤつきながらとどめを刺すため、近付こうとする隊員達。

『上出来よ……遼……ハァァアア!』

 矢のようなスピードで隊員の目の前に現れるハル。隊員はまだ機関銃を上げてもいない。ハルはにこやかな笑顔を見せて、スタンガンの火花を二回散らす。




【大木】






 ハルは隊員が持っていた二つの手錠で、木を挟めて二人に手錠を嵌めた。左手首と撃たれた左肩の出血を布で縛る。
 湿った風邪が吹く、月明かりが消える間際、微かな穏やかさを感じる表情を浮かべる死刑囚。名も知らない死刑囚。横たわらせて、残る右手を胸の位置に置く。

『ありがとう』

 気を失っている遼を右肩で担ぎ、フェムの道を歩く。すでに大量の血も流し、能力があるとはいえ、遼を担ぎ山道を進むハル。体力の限界が近付いていた。遼は間もなく目覚めた。

『ん……ハル……僕は……生きて……』

 遼を降ろすハル。

『はぁ……はぁ……はぁ……』

 遼は体中の激しい痛みに叫びたい気分。けれど撃たれているのはハルも同じと思い、声には出さなかった。遼は死を覚悟した。

『ハ、ハル……能力が?』

『自分を撃って……はぁ……出血多量で……はぁ……死期を……はぁ……つくったの……』

 自分が死ビトとなり死刑囚の能力を奪ったことを理解した。

『あは……はは……はは……君は……本当凄いよ』

『ここを……はぁ……抜け出してから……褒めて……』

 雨が降ってきた。遼はもうどうなってもいいと思った。ハルは再び遼を担いだ。

『ハル? もぅ……いいょ……』

『ここから逃げる……可能性……フェムの……道が……消えた……はぁ……けど……あっちの……はぁはぁ……大きな木に導いてる……はぁ』

 大木まで遼を運ぶハル。そして大木の下には、自然に木が拡張したと思われる大きな穴が空いている。

『はぁ……本当に大きな木……桜かしら……まさかね……はぁ……二人くらい……入れるわ……』

 遼を先に入れ、横たわらせ、ハルも隣に座る。

『あり……がとう……』

 ハルはタバコを吸い、雨を眺める。遼は呟き始める。

『きっと……もうすぐ……僕の人生は……終わるん……だね……でも……本当は……もぅ死んでるはず……だったし……良かったの……かな……こんな死に……かたで……意味が……あったの……かな』

『あんた……こんな事で諦めてんじゃないよ……この……』

 もっと言いたい事はあったが、ハルは言葉を止めた。

『僕は……君みたいに強くない! ただの学生で……就職考えながら……友達と……だらだら遊ぶ事しか……考えてない……ただの……弱い人間なんだょ!』

 遼は横を向き大木にしがみつきながら泣きはじめる。

『僕は……この大木みたいに……雄大で……静寂で……穏やかな存在になりたい……グズッ……僕は静かに生きたい……退屈でいい……同じ場所でいい……きっとそれが僕の理想の人生なんだ!』

『あまり叫ぶな……傷に響くよ……』

 ハルは心が弱った遼に掛ける言葉が見付からない。自分に対して強がる言葉を呟く。

『まだ私は死ねない……こんな所で……そのうち羽でも生やして飛んでやる……』

 遼の様子が思わしくない状態に見える。そしてずっと借りていた上着を脱いで、遼に掛けようとするハル。

『ん?』

 上着のポケットに何か入っているのに気付く。取り出すと、それは携帯電話だった。ハルはすぐ触り始め、着信履歴を押した。自分の幸福へ向かう道を、自分の能力で足掻きもがいた結果、更に自分を幸福へ導く言葉。

『serendipity』

 遼への連絡用に、本屋に置いていた携帯電話だった。

『これって……あはははぁ〜!! ま〜さ〜し〜く! Lucky!!』




【サイキ〜syche〜】






『魂』



 遼が見る夢。夢は一瞬の出来事。一瞬で終わらない時、退屈とも感じる夢の出口は……存在は、認識から始まる。



『退屈』



僕はいつから ここにいるだろう

いや それはおかしな自問自答だ

僕の事を理解する人は いないだろう

きっと僕のまわりも 僕の考えを知ると苦笑するだろう

季節を感じて 体が揺れて 心が揺れて 同じ事が繰り返されてる

でも静寂だ 贅沢にも感じる

そもそも贅沢とは 味わったことあるのか

何が贅沢かもわからない  自己満足? 割に合う?

そんな気分を味わって誰かに話したら 贅沢を認識出来るかもしれない

身体に感じるものは なんだろう

静かに水分を取り入れて パノラマな景色を眺めて

そんな毎日だけど大きな変化を 実際望んでいるのか

でもそれは幻想ともとれて あまりにも滑稽

まるで僕の前にいる鳥のように 空を飛ぶような事

そんな風には僕の身体は できてない

僕の前にいる鳥は 最近いつも現れる

いつも同じところに 好物が落ちているからだ

別に 仲良くなりたい訳じゃない

でもきっと明日も 落ちてるよ

風が吹かない限り いつも同じところに落とすよ

また明日も現れたら 名前をつけようかな

まわりが ざわざわしてる

そんな時期? いやそうじゃない たまにある 気まぐれのような事

気まぐれでも 事の大きさで僕の願いが 叶うかも

たまにおきる気まぐれは いつもの光景に変化をもたらす

いつも存在しているのに 明日にはいなくなってる時がある

しかしその場所には また新しい存在

僕はその消える存在が 時折羨ましく感じる

自分にどんな変化をもたらす? それとも以前に戻りたい?

退屈は残酷ともとれる しかし平穏とも感じれる

ふと怖くなる そのいつもと違う事に

一度変われば 後戻りは出来ない

今が幸福な日々なのに その変化によって 今を懐かしむかもしれない



『言葉』



いつからだろう 今の環境は

元々違うはず その事すら思考が薄れている

僕の思考自体が 言葉を発しているのか

言葉とは何か違う もっと感覚的な思考

思考があるだけでも 不思議だ

みんな そうなのか?

僕は試みたくなった まわりとのコミュニケーション

どうやって? 方法はあるのか?

そんな方法があるなら 今僕は もどかしくしていないだろう

僕に今 認識できる事は なんだろう

聞こえてるのか? 話せるのか?

いつから感じるようになった? この違和感だらけの存在



『視覚』



今僕は まわりが見えてるか? いやわかる でも視覚とは違う

そして今僕の前に誰か現れた 何か懐かしい気がする

僕に触れた瞬間 身体を伝って響く 声?

『元気かしら。あなたのお陰で私はここにいられる』

聞こえる 正確には響く 初めて聞く感覚 でも覚えがある

『あれから、ここにくるのは初めてよ』

伝わってくる 声 触れている者の声の反響から伝わる 形

僕の中ではこれが 見えるという事だろう

僕より小さい存在 だけど僕のことを 知っている

『私は今のあなた。あなたが私に触れた時、あなたのように世界を意識した』

僕は意識が混乱してきた 記憶が薄い 記憶がないに近い

でも僕のもどかしさを この存在する者は 知っている

『いい? これはあなたが選んだ、運命の結果よ? あなたには私の声が、届いてるかしら? 聞こえていても、何も出来ないわね。私も、同じだったから』



『告白』



『あなたは私の中で、自分の人生を語り、泣き、叫び、私のような静寂に生きることを望んだ』

僕が? 今の自分に? 望む? 僕は 今  なんだ? 僕は あなたみたいな形を してない

僕は…… あなたは 動ける それは  土に 埋まってないから

僕は まわりより少し大きな 大木

下には あなたが入れるくらいの 穴がある

僕は……あなただったの? 動けたの? 今の場所から 違うところに 何故? 僕が望んで?

記憶がないのが また もどかしい 僕は 今の この姿を 望んで?

何を語った? 僕は あなたは昔の僕? 何の為にここへ?

『あなたには 感謝してるわ……』

待って! 僕から離れないで! もっと知りたい!

あぁ 離れないで 聞こえなくなる あなたの声が

どうか戻って 語って お願い 僕は 違う場所が 見たい



『願い』



行ってしまった 僕の希望 聞いてもらえなくなった 僕の願い

この世界はどこまであるの? 空には終わりがあるの?

逢わなければよかったのに 僕の日々は 平穏じゃなくなった

どんなにもがいても 動けない自分が 歯痒い

どんなにもがいても 葉っぱひとつ動かせない自分が 悔しい

風に揺られて 心揺らされて 僕は 無力だ

またいつもの日々 退屈であり 平穏な日々

僕はどうして 自分を捨てた? 僕はどうして今を選んだ?

そして今日も いつもの鳥が現れた

いつもの鳥は いつもの場所にいない 昨夜は風が強かった

僕の隣の木の枝から落ちるお目当ての木の実は 僕の下の穴に落ちてた

鳥は穴の中で僕の身体を足場に いつもの実をゆっくり食べた

名前をまだ考えてない鳥の言葉が 僕の身体に響いてくる

『私はあなたが羨ましい。大きく、堂々として、みんなを風から守っている。素敵な花を咲かせる。私はあなたのような 雄大な存在になりたい。私はあなたに、なりたい』

僕こそ 君になれたら どれほど感動的だろう 君には羽がある 全てを見渡せる

僕は君に なりたい



『奇跡』



僕の願いはキミ キミの願いは僕 僕らは同じだ

なんだろう 僕の身体がいつもと 違う

身体から白い光が 僕を優しく包む

僕は今どうなってる? 僕の中で流れてるみたいだ

キミが見える

『あなたが見える』

お互い形は曖昧な思考同士 認識出来る

あぁキミが遠くなる どこに行くの? 淋しいよ 怖いよ

『大丈夫。あなたは特別な存在。何度でも、目を覚ます』

なんだろう この感覚 初めてだ 僕は今……眩しい!

真っ白だ! 何も見えない 違う 何か違う色だ ゆっくりと 違う色が

僕は 今 動いてる? 身体が下に引っ張られる バランスが必要だ

僕は 初めて僕を見上げている 僕は今羽を広げている

僕は 今自分の意思で羽を動かしてる 身体が軽くなる  軽くなる 浮いてる!

多分 不器用に 僕は飛んでる でも 少しずつ 少しずつ 身体に慣れていく

僕は今ままでの自分を 見下ろしている

なんて大きな木だ なんて美しい白と薄紅色だ

なんて空は 気持ちいいんだ 僕は今 奇跡であることを 理解した

僕とキミが同じ心で 同調したんだね 僕は今 全ての願いが叶った

なんて空は広いんだ なんて世界は美しいんだ 色んな生き物が見える

あの人は 昔の僕? 何か建物に入った 僕を見たい

見える 僕が あなたが 僕?

僕に気付いた 近付いてくる 何か喋っている ゆっくり近付く

笑顔の僕だ 僕? いや 君は……

それは僕に言っているの?

誰?

『私はあなたに、なりたい』




【脱出】






 上空に何機もヘリコプターが飛んでいる。館の周りでの警察隊の騒動や、ヘリコプターの爆発などでおお事となり、調査探索のため国全体が動いている。
 ハルは遼の上着から見つけた携帯電話の着信履歴から発信を押す。

『はい』

『おじいちゃん?』

『春枝かい? 無事で良かった』

『そうでもないの、私より、彼は相当まずい状態よ』

『今、上空におそらく飛んでおるヘリの1機に話はつけてある。直接ここにくるんじゃ! その携帯は緯度、経度がわかるはずじゃ。教えてくれ』

 言われた通りの情報を伝えると、ほどなく、軍用に思えるほど大型なヘリコプターが真上の上空に近付く。担架が降りてくると同時に、先にロープで降りてくる男がいる。ヘリの真下に近付くハル。

『パパ〜』

『ハル!』

 飛ぶように抱きつくハル。

『ハル! 出血が酷い、先に行くんだ!!』

『彼の方が酷い!』

『大丈夫だ。俺がちゃんと連れて来る』

 ハルはうなずき、先にヘリコプターへ上昇する。そしてヘリコプターから辺りを見回す。

『こんなにあの館が近いところだったなんて……パパ!! 私、彼に助けられたわ! あの大木にいる!!』

 気づかなかった深い森林の大木の裏側。上空からはすぐに三階建ての本屋が見えた。大声で叫びながら、大木の方向に指差すハル。うなずく「清正キヨマサ」。
 すぐに遼の姿が目に映った清正は、遼の目の前に立つ。

『君は生きたいか?』

 何も聞こえないほど、深い眠りか、永遠の眠りについているのか、反応をしない遼。

『忠告したはずだ。人になるべく近付くなと……俺達の力は根絶やしされた方がいい』

 本屋での初対面。忠告は優しさだったのか、予期していた事態なのか、拳銃の引き金を引く清正。それは2回。銃声はハルまで聞こえている。



『え!! パパー!!』

 清正の安否や状況が気になるハル。今一度ヘリコプターから降りようとロープを握り締めたとき、ほどなく、清正は遼を連れて現れて、遼を担架に乗せた。清正は一緒に担架に乗り上昇する。
 見るだけなら、すでに諦めたくなる状態の遼。銃声の答えを知るためにも、ハルはすぐに遼の脈をとる。

『生きてる……』

『兵隊がまだうろついている! なんとか威嚇で終わった……親父の能力は気絶していても強運がついてくるのか?』

 銃声の納得。最悪の結果が外れたことへの安堵感。父親へ向き合わせた笑顔。

『人前じゃあ、あのお方っていうくせに!』

 その笑顔に口角を上げてにやける清正。すでにヘリコプターは方角を定めて目的地に向かう。
 清正が応急処置を行いながら、今までの経緯を伝えるハル。おどおどした遼の性格から、能力に目覚めて、ひと時支配されたこと。無意識の狂気に助けられたこと。手首から流れる血の理由。

『助かりそう?』

『よく生きてるもんだ……しかし自分でフェムを理解するなんて……』

『彼のセンス? おじいちゃんの能力だから?』

『お前を助けるのに必死だったんだろ。惚れられたか?』

 殴りかかるハルによける清正。これ以上ハルの怪我をした腕に負担をかけたくもない清正は、両手を上げて降参のポーズをとり、柔らかく笑う。

『殴りかかるのわかってるくせに言わないの!』

『ははっ! お前のは緊張じゃなく殺気だ! とにかく、ハル、到着まで寝てるんだ。その腕もすぐに手当する』

『うん』

 言われた通りに横になるハル。清正はハルの腕の止血を丁寧に行い、その最中、ハルが眠りについた事を確認する。
 清正は操縦席に向かう。

『どのくらいで到着する?』

『あと15分くらいです』

『そうか』

 拳を握る清正。何の覚悟もない操縦士に対して重い一発で殴り、気絶させる。清正は操縦席に座り、行き先を変更する。
 山をいくつか越えると海が見えてくる。清正の操縦するヘリコプターは一隻の船に向かう。1機分のヘリポート。清正はヘリポートに立っている人間の指示を 受けながら、ゆっくり降下する。ヘリポートに降下が完了すると、清正はエンジンを切らず、用意されている担架に遼を乗せた。

『こいつが必要ならすぐに手当しろ!! もう危ない!!』

『了解しました!! すぐ処置します!!』

 清正はすぐにヘリコプターへ乗り込み、上昇を始める。それはまだ眠っていると思えるハルからの横槍を防ぐためか。ほんの数秒の違いは清正の行動が早かった。

『ん……』

 上昇の音に目を覚ますハル。

『ここは……遼は? パパ!!!?』

『操縦席だ!』

 10人以上は収容できる大型ヘリコプター。ハルは遼の姿がないことに気付き、操縦席に向かう。

『遼はどこなの!? ここは……海!?』

 見回すハル。それは明らかに行き先が違う場所。海に出る予定のなかった目的地。寝ている間に父親が何をしていたのか。そして遼のいない理由。

『遼!!』

 船を見付けるハル。そこには担架で運ばれる遼が見える。

『パパ! どういうこと! なんで遼が!? 操縦士は、どうして倒れてるの!?』

『操縦士は気絶させただけだ! 知らない方がいい……そして彼を渡さないと収拾がつかない!』

『遼を……売った訳ね!』

『彼は今日! 目立ちすぎた!! 俺達まで脅威にさらされる!!』

 声を荒げる清正。目立ちすぎたことへの弁解ができないハル。家族の危険をハルに予感させる清正。説得したい。きっとわかってくれる事を願いながらも、続けて言葉を続ける。

『自分の蒔いた種だ……これ以上お前を危険にさらせない……わかってくれ……』

『でも……』

『どちらにせよ生死の境だ。今は回復に向けて最善の処置がされてる……連れてきた事が彼にとって幸運かもしれん』

 ハルは清正を責める事が出来ない。納得してしまいそうな言い訳。遼の安否が気になりながらも、隠しきれない不安がハルを襲う。それでも、どうしようもない状態に無理やりその場は自分の心を撫でた。
 落ち着かそうと窓の外をあらためて眺めれば、夜が明けていた事に気付くハル。沈黙の中、老人の待つ場所へ向かう。




【昏睡】





 清正が遼を引き渡した船。それは医療設備が整った船であり、そのような状態の者が運ばれることも考えられていた。
 医療処置室のドアが外から開く。開いたドアの先には、長い髪と狭い肩幅が真っ直ぐに患者へ向き合うひとりの女性の背中。入室の気配に何も動じることのない慣れた手つきで処置される遼。

『俺が処置を代わろう……危なかった……よく持ちこたえたもんだ』



 女の横に並び、言葉の返事を待つ男。遼の救急処置を丁寧に行い、聞き慣れた心電図の音に息をつき、手当をする手を止め、そのままマスクを取る女。

『彼の能力のおかげかしら』

『兵士の為の緊急設備が役に立ったな』

『別の船は帰国したの?』

『あぁ。自国の者だけがここに残る。間もなく戻ってくるだろう。帰国した半数は死体だ。危険な力だ』

 すでに帰国した船を見送っていた男。その凄惨な状況を目の当たりにしていた感想をこぼしながら歪んだ顔を女に向ける。

『でも魅力的! 普通じゃないって憧れるわぁ』



『その結果がこれだ! 馬鹿な事言うな!』

『はいはいお父様ぁ〜』

 用意していた飲み物のカップに口を当てて、父親からの叱咤をかわす娘。父親が救急処置をしながら雑談する二人。一息ついた娘は再び手を洗い、父親の処置 を手伝い始める。笑顔と渋い顔で雑談をしている二人であるが、的確と感じられる動きと、余裕も感じられる経験値でもある。

『しかし、彼は目覚めるかな……こんなに血を流してしまって』

『そうね、様子みないとね』

 流れる血の量は、過去に意識を取り戻さなかった人間を思い出すほどである。経過時間からの可能性。昏睡状態も視野に入れたさまざまな可能性をよぎらせる最中、耳に触れた近づくヘリコプターの音。

『来たようだな』

 「香山カヤマ」は粗方の処置が終わったことで、娘への目線とうなずきにより、いつもの行動と思えるほど自然に、ヘリポートへ迎えにいく。そしてすでに船 員の誘導により降下していた。その大きなプロペラを二つ回した、優に10人以上は収容できそうな大きさ。何人が降りてくるものかと想像をさせながら、プロ ペラがゆっくり停止する。それと同時にヘリコプターのドアが開く。

『おお、香山さんお疲れさん』

『お疲れえ。これで……全員かい?』

 迷彩服を着た「風間カザマ」がヘリコプターから降りる。香山は顔をヘリコプターの中に覗かせながら左右を見るが、操縦席にいる者以外、その奥からは何も 人間の気配を感じない。負傷した者すらいなかったのかと、手間がなくて喜んで良いのか複雑な心境を抱えながら風間に向き直る。

『ああ、酷いもんだ。あれは怪物だ……ところでこっちにもう運ばれたか?』



『手当が終わったとこだ。派手にお互い暴れたもんだな』

『まあな……だけど気をつけて接触しなよ。無意識でも派手に動くぞ』

 目線を止めて風間の目を見る香山。その真意を深く尋ねたい。

『寝てる時か?』

『いや、瀕死でもう気を失ってる状態でだ』

 その言葉に固まるように考える香山。そして完全停止したヘリコプターの操縦席にいたもう一人、「田村タムラ」が現れる。

『あれは防衛本能でしょうか? まるで体中に目がついてるような動きでしたね』

『今「皐月サツキ」が一人で看護しとる!』

『監視付きじゃなきゃあぶねえ! 向かうぞ!』

 真っ先に走り出す香山。ヘリコプターより機関銃を取り出し、構えた状態で香山に続く風間。田村は胸元に手を当てながら、全員で病室に駆け付ける。全力疾 走の三人。願うことは、聞こえてこない悲鳴。廊下に響く足音。時折、船員とすれ違うが、後続する田村がこれ以上の騒ぎにしないためか、手のひらを広げ何度 か押さえるような仕草で船員達の挙動が激しくならないように気持ちを抑える。病室のドアを乱暴に開ける香山。

『どうしたの?』

『あぁ、良かった! こいつらが妙に心配させること言っててなあ!』

『あら、優しいのね。でも彼、起きる気配ないわ』

 皐月と遼に対して何度も目配せする香山。微動だにしない遼の気配に安心してか、下を向いて息継ぎを繰り返す。風間は香山に変わるように言葉を続ける。

『でも用心してくれ、彼はこんな状態でも多分動くぞ』

『まさかぁ……ヒッ!!』

 田村が突然、鞘(さや)に収めていたシースナイフを投げる。それは皐月の横をすり抜け、遼の頭の真上となる壁に刺さる。

『あぁ驚いた! 危ないでしょ!』

『すみません。今、彼が起き上がるなら、ここで終わらせようかと思いまして』




『丁寧に恐い事言わないで! それに彼は昏睡から覚めないかもよ』

『まあ、それならこっちには都合いいんだけどな』

 初めましての挨拶に、ナイフを投げた田村の落ち着いた口調や、楽観する未来を語る風間に、皐月は話も処置も終わりと感じさせる雰囲気で立ち上がり、口を尖らせて、頬をふくれさせ、わざとふてくされた表情を見せながら処置室を退室して、医務室へ向かった。
 風間と田村は横目で目を合わせ、これからの展開や、それまでの様子を語る。

『無意識で暴れられるようじゃ、他国に引き渡しても研究にならないだろうな』

『やっぱり、なんだかんだでさっきのは、意識があったんですかね』

『だろうな』

 風間と田村の簡単なやりとりに、呼吸が安定した香山は、興味と重要性の匂いを感じて尋ねる。

『どんな事があったんだ? なんだか見ているだけなら、意識が見えないような人間の話に聞こえるぞ?』

 その言葉に無言となり、回想を蘇らせているのか、香山に振り返った風間が話し出す。

『さっき清正が娘を救助にきた時だけどな……』




【取引】





時間は少しさかのぼり、清正によってハルが救出された時から話は進む。




     ◆◆◆




『あの大木にいる!!』

 大木を指差すハルに清正はうなずく。薄暗い、グレイな森林の中、清正は真っ直ぐ大木に到着する。そして清正の視界に堂々と入ってくる者。風間が機関銃を構えることもなく、清正に歩み寄ってくる。

『清正さんよぉ、彼はいただきますよ?』

 その言葉に、全く動揺をみせない清正。待ち合わせを感じるように、風間に続いて田村も続いて現れた。

『そうしたいが、彼の能力は危険だ! 何人のプロの傭兵が死んだ?』

『まぁそうだけど、死んだ奴らが浮かばれないねぇ』

 弔い合戦をするような表情には見えない軽い口調の風間。その場しのぎな言葉の後ろでは、風間に重なった体にはっきりとした様子を見せないが、清正はナイフを握り締める田村を想像する。
 まるでハルと同じように、それはフェムを確認するように辺りを眺める清正。すると静かに声が聴こえるかどうかの距離まで、遼へ近づいた。

『君は生きたいか?』

 反応しない遼。それもわかっているように、独り言のように、自分に言い聞かせるように続ける。

『忠告したはずだ! 人になるべく近付くなと……俺達の力は根絶やしされた方がいい』

 遼を始末することで、それまでの死を帳消しにするためか、拳銃の引き金を引く清正。遼を狙って二回発砲する。それは間違いなく遼を狙った銃弾の起動だった。

『なっ!』

 大木から突如飛び出す遼。清正と風間と田村から一番遠ざかる方向へ体を遠ざからせ、すぐに向き直る顔には視点は誰かに定まっているものでもなく、目も体も揺れながらも、その体の方向は清正を向いていた。

『う゛がががが!!』

 遼の両手が地面から離れたと同時に、清正に飛び掛かるように駆け出す。それは田村から見れば絶好の標的であり、素早く遼の真後ろに位置を定めた。

『こい!』

 遼を迎え撃つ姿勢の清正。注意は清正に向いていると思われる遼の背中から、田村の投げたナイフが飛んでくる。確認する様子も感じない遼は、一気に地面に 伏せる。ナイフは清正のすぐ横にそれて後ろにそびえる木に刺さる。顔を上げる遼。機関銃も構えず傍観者として横から眺める風間にもわかるほどのひどい形 相。清正に顔を向けるが、力尽きたのか、うつぶせでその場に倒れる。
 清正の横を歩く田村の呟きは、能力に対しての驚きと賞賛。

『あれが避けられるなんて驚きです』

 田村のナイフを気づく間もなく危険を避けられた理解の及ばない反射神経に、正面から見ていた清正に確認するように風間は問いかける。

『起きてたのか?』

『いや、顔を直視していたが、意識のある顔じゃない。この能力はそういうものだ』

『はははっ! 気に入ったぜ! やっぱりいただくぜ!』

『どうなっても知らんぞ! ただ、もう俺達には関わるな! それが条件だ!』

『あぁ、こいつがいれば充分納得するだろ。報酬を頂いたあとはお前に用はない』

 清正は拳銃を腰のホルスターに収納しながら、遼の様子を静かな目で眺め、危険性を感じないと判断してゆっくり近づく。

『あとで俺が連れていく』

『裏切ると繰り返しだぜ? 死刑囚は……俺の元戦友だったんだ。思い出させない方がいいぜ?』

 表情からは見て取れなかった風間の心に引っかかっている事情。
 遼を肩にかつぐ清正は、無言で立ち去るかと感じるほど風間の言葉に反応しないが、一旦立ち止まり、背中越しに話し出す。

『安心しろ。お前らより先に到着するだろう……それに俺達の能力は研究されて解明できるような類いじゃない』

『まぁ……俺が判断することじゃないな。俺達は雇われただけで、欲しい奴らに売るだけだ。それで終わりだ』

『お前らが利用する船に医療設備があることを願え。それに時間が経つと娘に怪しまれる。もう行くぞ……約束は果たす。そして、もう会わない事を願う』

『あぁ、ベテラン医師が待機してる。急いでくれ。くれぐれもそいつが死ぬ前によろしくな』




     ◆◆◆




『まぁ、こんな訳だから、用心に越したことはねえぞ』

 風間は香山に出来事を伝えた。香山も本来は知らなかった清正の存在。いつのまにか知らされた奇怪な能力を追って、情報源より清正を狙っていた風間。
 相手にはしたくなかった清正だが、ハルへの危険性を考えて、各地で増えつつある戦争の匂いを嗅いで増えていく、傭兵である風間たちにより、狙われて生きることを避けるためにも遼を利用する清正。
 香山は眠っている遼を眺めながら、その見た目からは想像もできない能力に、そして確認するスベもないことに納得の相槌をうった。

『そうか、わかった……人間を越えた身体能力がある。見た目とは違って狂暴になる。そして、元々興味があったとこは、死ぬ人間に能力が移るっていうところだったな……こんなとこか?』

『まぁ……多分な。そして身体能力以前に、奴らは異常に勘がいい』

『そうか……聞いておいて良かった。隔離を考えないとな』

『構わないけどょ、治療はしてくれないと困るぜ』

『あぁ、今はまだ容態が安定してないが、すぐ連れていってくれ』

 これ以上関わりを持ちたくないとも感じた香山。近づくことも避けたい心境。容態が安定するまで安全に監視していきたくも感じた香山は壁に備えてある呼び出しボタンを押し、船員を呼ぶ。
 心電図は安定している。それは静かな夢を見ているかのように。その夢の国が、今の遼にとって一番平和なひと時なのかもしれない。




【能力】





 香山が呼んだことにより船員が二人現れた。船員は基本的には、非戦闘員であるゆえ、簡単な見張りや連絡以上のことで呼ばれることはなかった。
 ここで船が待機している事情は勿論知っており、国同士がつねに緊迫な状況下にある近年では、船は需要があり、一時的に傭兵や各種依頼により、船の空間を貸出している。
 簡単な依頼で船員が了承すれば、了承した限り責任は船員の範囲で、どのような依頼でも基本は受け付けている。

『二人で見張ってて貰いたい。変化あったらすぐ伝えてくれ』

『了解致しました』

『ふあぁ、じゃあ俺達は少し休ませて貰うぜ』

 風間は休めるタイミングだとわかると、わかりやすいあくびを香山に見せ、それを察した香山もわざとらしい愛想笑いで仮眠室へ案内をしようとする。先に処置室を出た風間の後ろから、田村は香山に一言告げて、風間とは逆の廊下を歩いている。

『何かあったら医務室からこの部屋のベルを鳴らすからな。それと短銃持っているなら、機関銃は起きている俺に渡しておいてくれ。傭兵に寝られちゃ身を守れないや』

『あぁ、ところで田村はどこ行った?』

『船内うろついとるよ。疲れてないとよ! 若いな!』

『そうか……傭兵らしくなく態度が控えめな賢い男だ。頼りになるが油断も出来ん。助けたはずの傭兵が消えた理由を疑いたくなるくらいだ』

『あははは! いきなりナイフ投げられたんじゃ堪らないなあ! あ……あと、清正の連絡先、万一の為だが、教えてくれないか?』

『ああ……いいぜ。だが連絡するのは俺が去った後か、余程の緊急事態だけだ』

 香山が持ち合わせていた手帳とペンに、清正への連絡方法を記入する風間。すでに所在地も知られている清正の存在。その連絡先に香山が目を触れさせると、簡単に出入りが出来るような場所でもないことがわかった。

『勿論簡単に連絡するつもりはないよ……手に負えない時は、お互いの為だ』

 機関銃を預かり、仮眠室から出る香山。しばしの休息のため、皐月のいる医務室へ向かう。
 遼の眠る病室では、船員二人が、遼を見張りながら雑談している。

『こいつ化け物だってょ』

『このガキが? 一方的にやられたみたいだぞ?』

『まぁ、化け物といっても、どんな事あったか知らないけど、うちの子供くらいかな? 可愛そうになぁ』

 遼に触れようとする船員。普通の少年。武力による過度ないじめの被害者にも見えなくない情か。
 離れてみれば、すでに手が触れているかどうかの、まだ皮膚の温もりを感じる刹那に耳に突く声。

『彼に触れないで下さいね』

 声に反応して振り向くと、開けっ放しだった病室の入口に腰を当てた田村が立っていた。

『あっ! はい!』

 腕を組んだ状態で部屋の入口に立っていた田村は、腕を組んだままの態勢で二人に近付く。

『彼と同じ能力の人間に、私達プロの傭兵は10人前後死傷者が出たんです』

『はい! 気をつけます! ち……ちなみに彼にはどんな力が……』

『聞きたいですか?』

『あっ! はい! 宜しければ!』

 戦場での話を肴にして、普段は退屈な船旅を続ける船員には、噂のように耳にしている得体の知れない能力の謎が聞けるのではないかと興味津々な眼差し。
 軽い笑みを浮かべながら船員に近づく田村は、一見そのような戯れに付き合ってくれそうな予感も期待していた。

『それはですね……』

 交差した腕の隠れた両手は、脇に隠した殺意。

『カハッ』『えっ…』

 両手に持ったナイフは、組んでいた両手から花のように広がり、刃先には赤い塗られたようなライン。それは船員二人の首を鋭く裂いた痕跡。

『素晴らしい力です』

 船員二人は動脈を切られ、圧力ある血しぶきをお互いに撒き散らし、理解する間もなく果てる。

『私は幸運です! あなたに逢えたことが! そして死期が近い人間には力が移ることを! 私は傭兵生活で……ウイルスに感染しました。そのうち死にます。 あなたの能力で、もしかすると治る道があるかもしれません! 先程投げたナイフでは、まず起きないと思い投げました。直接危害がないと反応しないようです ね。どうやって察知してるんでしょうか? 見える世界が違うのですか? まぁそれも自分で試してみればよい話ですね。私はまだ数年生きる身……ただあなた のお仲間さんは、自分の手首を撃って能力を復活させたと、役に立たない手錠された二人から聞きました。ついでに始末しておきましたよ。そして、これなら条 件は一緒ですね』

 一度振ったナイフを内側に持ち替えて、田村は自分の手首を、ナイフで躊躇なく裂く。

『ははは! ワクワクしますね……どんな気分なんでしょう』

 満悦な自分を想像しながら、田村は膝を付きながら、じっくり自分の変化を待つ。時間なのか、感じるものなのか、何かを待つ。

『私はもう変わったのでしょうか?』

 変化の瞬間が実感出来ない田村は、立ち上がり、格闘技のシャドーを始める。手首からは願いを込めた結果の代償が流れ、キレのある動きに飛び散る願望。一滴、一滴。飛び散る度によぎる不安。

――わからない……いつもと変わった気がしない!

 壁を殴る田村。それも想像を越える結果でもない。

――能力を引き出す鍵でもあるのか?

 田村は何も変わらない身体に自問自答をする。そして、普段なら気づいていた。周りの気配に気遅れすることなど。

『何が起きてるの!?』

 田村の後ろから響く高い声。皐月の目に映る惨劇と理解が届かない田村の血の舞。
 言い訳を聞きたい皐月。しかし、すぐに聞きたくなくなる殺意。

『あぁ……私は能力を手に入れました』

『え!?……そんな』

 皐月の指は仮眠室のベルを鳴らしていた。自分でいつの間にか押していることにビクリとして、そのまま走り出す。

『待ちなさい!!』

 狭い仮眠室では、必要以上に感じるベルの大きさに、風間は上半身を力強く起き上がらす。そして状況を理解したかった。

『なんだ!!!?』

 仮眠室に近づく足音。それは冷静な足音には感じない。廊下に急いで出る風間。すぐに足音の荒らさを表現した表情で走って来る皐月がいる。

『止まれ!』

 風間は拳銃に触れ、皐月を無理やり止める。風間は尋ねる隙もなく、静止される言葉の返答は、わかりやすい答えだった。

『田村が! 能力を手に入れた!』

『なに!?』

 風間は近視で見る皐月の存在から、遠視で見るとすぐに田村の笑みが映った。歩き始める田村に風間は拳銃を構え、叫ぶ。

『止まれぇ! 田村ー!!』

 体中の血しぶき。手首より血を流した状態で、気持ちの良さそうな笑みを浮かべる田村。警戒する事より、理由が気になる風間。

『どういうことだ!! 説明しろ!!』

『ハハハハハハハ!! 私は手に入れたんですよ! 能力を!』

『お前……手錠に繋がれた傭兵を助けたときに言っていた内容を……やはりお前か!!』

 風間の言葉に即答しない田村は、自分の服の方から下を破り、手首の止血をするために縛る。

『知ってる人間が多いのは後々都合悪いんですよ……まぁ、能力の奪い方は知っての通りです!! 私は自分に死期をつくった。間違っていないはず!!』

 拳銃を強く握り、標準を外さない風間。撃つべきか、油断を待つべきか。

『そうです! 私を撃って下さい!! きっと能力が開花します! その時があなたの最後です!! ハハハハハハハーー!!』

『こ……この……皐月ー!! 後ろに逃げろー!』

 風間の怒鳴るように呼ぶ名前に皐月は一瞬戸惑うが、すぐに田村に背を向け走り出す。

『くぅ!』

 風間は焦る。森林で戦っていた時の能力者の動きが蘇る。元戦友だった、死刑囚の動き。撃った瞬間、自分に勝機はあるのかと。

『田村! お前は最初からこれが目的か!?』

『いえ……あの少年の後ろから投げた私のナイフを避けられてからです。この能力は何かある! 別の世界が見えると!』

『ならこれからどうする!!』

『それはまだわかりません……とりあえずこの船の人達には……全員死んでいただきます。私の存在を消したいので』

 近い目標を消去法のように唱える田村の思惑。付け入る隙をうかがう風間。本当に能力を保有出来たのか。これほど人間らしいものか。そこに抽象的な道筋の矛盾が生まれる。

『おい! 矛盾してるぞ!』

『何がです』

『お前がそれを成功出来るなら! 全員の死期が見えている!!』

『は? それは……』

 田村に廻る必然性。田村が船の者全員を殺せるなら、田村より先に死期があるという筋道。田村より先に死期が迫っているなら、田村以外で近寄った者全てに 能力が移動する可能性があったという気づき。拭えない考えに次の行動に出られない田村。そして風間の知りたいことは、明らかな殺意の順番。

『誰から殺す気だった』

『まず身近で簡単に殺せる……非戦闘な香山。そして……』

『皐月ー! 香山はどこだー!』

 背中越しで皐月に尋ねる風間。下を向きながら答える皐月。

『多分……死んだ』

『なんだと!?』





【皐月】





『そして! 皐月です!!』

 言葉を放ちながら迷うことなく突然ナイフを皐月に投げる田村。風間にすれ違うナイフ。うつむいた皐月は、自分の顔を隠すのに充分な長い髪が視界も塞ぎ、 下を向きながらも、揺れるようにナイフを避ける。横目でそれを確認した風間は、鳥肌が立つ思いで振り返り、田村に背を向ける。

『この感じです……この自信を持って投げたナイフの無力感……この魅力を私は能力に感じたんです!! わ、わあああああああーー!!』

 ナイフを投げた時と変わらない皐月に向かう指は震え、手首の血は希望と共に下へ零れていく。絶望を言葉に表現出来ない田村は、風間に背中を向けて走り出す。

『皐月……香山を……父親を殺したのか!?』

『そんなつもりはないわ……だって……肩に触れられた瞬間に、私の体が勝手に動いたんだもん……フフ』

『ん!? 皐月! お前はどうしたいんだ!』

 何かに魅せられたように、どのような意味の不敵な笑みか。先程まで逃げていた皐月の姿が、そのまま田村へと移り変わった嘆かわしさへの皮肉な笑みか。

『フフ……あいつが……田村が言った通りでしょ? 追われるのはごめんだわ……私は今……特別な存在なのよ? 研究? 冗談じゃないわ!! 私は特別! 普通じゃないのよー!! アハハハハハハハハ……だから……死んで』

『くそ!』

 特別な可能性に魅せられた非凡な存在となった自信の現れか。それは皐月の本来有りたかった姿か。わかりやすい目的に下手な攻撃も利口に感じない風間は、後ろへ走り出す

『田村ー!! どこだー!!』

 見回す風間。返答しない旧友。立場は同じだと、再び手を組みたい戦場の友。ちょうど病室を通り過ぎるとき、何か鈍いものを叩く音が耳に入る。

『はぁ……はぁ……おいっ!』

『田村……』

 それは、遼の体を何度も叩く田村の姿。身動きのとれない物体のように、痛みに反応できない鈍い存在のように、痛みにも声にも反応しない遼。

『おい! 目を覚ませ! 能力の事理解してんだろ!!!? うわああああ!!』

 遼の周辺にある医療器具を、乱暴に倒す田村。絶望。思わぬ失態。自分への恥。吐き出したストレスは取り戻す自分自身。

『おい……田村』

『はぁ……はぁ……はぁ……風間さんは……はぁ……勝てる自信ありますか?』

 背中越しに問いかける声に、簡単な浅知恵を返したくない風間。唯一の協力者のまともな言葉を期待する短い時間。呼吸を整える時間を与えたい冷静。

『このままじゃ……はぁ……犬死にです……そして……私は……勝算ありです』

『言ってみろ』

 期待する答え。計算高い田村の生死に関わる結論。

『今……私達は死の運命が待ってます……はぁ……つまり私達を即死させないと、能力が私達に移るんです。そして、確実に死に向かってるのは私です! 風間さんは死が不安定です……私は確実です』

 手首から流れる血。理にかなっている死期への道筋。ひとつの光明を想像する風間には、その未来も想像する暗雲。

『その後は?』

『え?』

『俺を殺すのか?』

『はぁ……はぁ……約束します……風間さん……この窮地を抜けれるのなら、もう船の人間……あなたを含めて殺しません! きっと能力が入っても、私はあな たに勝てる体力はないでしょう。ヘリを戴ければすぐに出ていきます。狙われても構いません……はぁ……殺したところで、どうせ調べれば、死体の数で私の事 はバレます』

『わかった……だが、作戦を考える暇はないぞ』

『そうね……』

 跳ねるように距離を空け、皐月に振り返り身構える風間。いつでも襲える余裕なのか、攻撃が出来なかったのか。皐月が襲ってこない理由は、ひとつの違和感に繋がる。傭兵である者からすれば、先手こそが最良に感じる。短銃を握りながら、それでもギリギリまで考えたい刹那。

『チッ! 機関銃でもあれば!』

『大丈夫です……』

 田村はゆっくり立ち上がり、とても無防備に、体に力が入らないのか、入れてないのか区別がつかないほど、自然体で皐月に近付く。

『皐月に……戦闘技術がありますか? 多分無意識の攻撃は、こちらが先手の場合です』

『じゃあ、今までの能力者は!』

『はい……仕掛けたのは全部こちらです。逆に見てみたい……ユックリ近付くものに、どう攻撃するのか……』

 能力に身を任せていた皐月は、頭で考え、焦り始める。自分の意思で、想像を超える力が発揮出来るのか。来るものに自然と対応させればよいか。駆け引きは、田村の偶察力が上回った。

『やぁ!』

 攻撃の方法が思いつかない皐月。何をどうして良いのかわからない焦り。平手打ちを浴びせようとする皐月の攻撃に田村はユックリと避ける。

『風間さん……こういうことです』

『ヒィッ!』

 混乱する皐月。逃げようとする振り返り。「道が見えない」皐月の迷走ですら許さない空間。

『おっと』

 入口を塞ぐ風間。攻撃するわけでもなく、近づこうとするわけでもなく、ただ、道を塞ぐ。最良の無策の策で皐月を包囲する戦闘の慣れ。

『チェックメイトですね』

 最後の間合いに踏み入れようと近付く田村。

『は!!』

 反射神経で床に伏せる風間。その気配は、戦場で何度も感じた殺気。金属を操ろうとする気配に待つものは、大抵が瞬殺する意思だった。

『さちゅきぃ! 逃げぇろぅぉ!!』



 発する言葉の間、機関銃で威嚇連発をする香山。香山の顎は、完全に曲がり、歪み、裂かれ、口に溜まった血を吐き出していた。

『お父さん!!』

 香山の横をすりぬけ、二人から遠ざかるため、どこへともなく走り出す皐月。

『香山さん!! 皐月は船の人間殺すつもりだぜ!?』

『さちゅきぃは娘だぁ! おるぇはまもるぅ!』

 親子の絆に説得は通じない判断。風間は素早く機関銃の先端を上にすくい上げ、簡単に奪い取る。鮮やかに奪われすぎた瞬間は、空気を握り込む香山。風間を 通さないために壁となるか、体当たりを試すか、そのような思考が追いつくかどうかの瞬間、機関銃で香山の腹を、重く殴る。

『香山さん……気持ちはわかるよ。だから寝ててくれ』

『うぐぅっ!』

 戦闘不能な香山。気を失うほどの衝撃に床へ砕け倒れる。そのまま意識を失っていることを確認すると、狩りの始まりを伝える。

『いくぞ田村!』




【交差】





 戸惑い逃げ回る皐月を追い掛ける風間と田村。単純に追いかけるか、回り込むか、協力者へと戻った田村へ尋ねる。

『挟むか?』

『いえ策は必要ないと思います……はぁ……はぁ……離れない方がいいでしょう。追い詰めましょう!』

 自分を取り戻し、冷静に判断する田村。道の分岐が多い船内、音の反響する空間。気配と足音で追う二人。

『どっちだ!?』

 道の分岐になるたびに、一旦立ち止まり耳を澄ます二人。少し静かに耳を傾ければ急ぎ足の歩幅に勢いあるドアの開閉する音が響く。単純な気配を頼りに選択 肢なく向かう二人。何度かの分岐を、気配を読むのに慣れた二人は、今船内を駆け回る可能性ある人物は皐月以外は考えられないことを想像して、わかりやすい 気配を追い続ける。
 近づく足音。角ひとつの距離。立ち止まることは必要と感じなくなった二人は、勢いを増し、間もなく眼前にいるであろう狩りの標的を、待ち伏せする危険なども考える必要はないとして追い続けると、角を曲がったと見える皐月の影が目に触れた。

『いたぞ!!』

『はぁ……はぁ……極端に距離が縮まりましたね……いよいよです! 油断せずに行きましょう!』

 皐月が曲がった角を曲がる二人。壁に並んだ備品棚を乱暴に倒しながら進む皐月。時間稼ぎにもならない障害物。

『皐月はもう焦ってるな』

『どうなんでしょう……』

 まだ見えない角のすぐ先でドアの閉まる音がする。

『追い詰めたな』

『やはり……おかしいですね』

『何がだ?』

『本当に逃げたいなら、立て篭もりますか?』

『まあ……不自然さはあるが、皐月に能力を操る時間を与えるのはまずい』

『そうですね』

 まだ逃げられる船内。距離的に絞られる隠れた部屋。風間と田村が同意できる部屋の前に立ち、風間は威嚇と警戒の意味を込めて、ドアノブに触れる前に鍵を 銃で撃ち、ドアを蹴る。そこはネームプレートもない使われていない資材置場。隠れるところも見当たらない部屋。皐月が部屋の奥の角で震える。

『こ、こないで……』

『皐月さん……はぁ……はぁ……平和に話しましょう。あなたから能力を奪ったら、私はヘリですぐ飛び立ちます』

『嘘よ! さっきは皆殺しって言ったじゃない!』

『そのつもりでした……けど私の目的は数年後に発症する感染したウイルスを防ぐ事が出来ないかが目的です』

 風間が初めて聞いた田村の事情。道徳心や倫理観などが欠ける戦場での行為。強い力を持った者が弱い者に対して行う卑劣。簡単に想像できる内容に、相槌をする風間。

『そうか……傭兵にはよくある話だな』

『はい、もし治れば、なんの償いにもなりませんが、死期の近い者に譲ります』

 誠意ある言葉に聞こえる取引。誠実さが嘘であっても、余計な暴力を感じさせない口調。

『でも……』

『私は今からゆっくり近付きます……どうか動かないで欲しいです』

『もう、ないの』

 この殺風景な部屋にも聞こえていない足音があった。それは香山が倒れている病室の前に近付いてくる足音。目的があって近づく音なのか、それは風間や田村が通った道とは違う方向からである。病室の前まで近づくと、その様子に声を掛ける船員。

『香山さん!? 大丈夫ですか? 酷い怪我だ』

 気絶した香山を何度も揺さぶる船員。ただ事では有り得ないような怪我。直前に聴こえた銃声。
 ほとんどの船員は、関わりを避けるためにも、主要な部屋から出ることはなく、争いが収まるまでは頑丈な部屋の中で立てこもり、良識ある、会話の出来る者 からの状況連絡を待っている状態であった。その逃げる最中に目に触れた事情と「頼まれた事情」。貴重な医師。放置することは出来なかった。

『ん……』

『あっ良かった! さっき皐月さんが、別の道から、病室付近にいるあなたを助けろと……』

『な、なんとぇいっとぇとぁ』

 船員は予想外な香山の声が微妙に聞き取れないため、簡単に話しを繋ぐ。

『さ、皐月さんが、それを伝えると、突然目の前で倒れて驚きました……あっ、病室が大変な事になってますね……今直して寝かせて、すぐ応援呼びますね』

『あびゅないきゃらしゅぎゅにぎぇろ』

 何か必死に訴えている様子はわかるが、理解に及ばない船員。何か目で見て香山が伝えたい事を考える。連想することは、香山が医師であり、優先することを考えることだった。そのように考えた船員は、自然と患者である遼を見る。

『彼の点滴やが倒れてますね』

 遼の様子を眺めようと近づく船員。病室の外から見えていた倒れた点滴。簡単に直せそうな事と、簡単に心配を消去法で解決しようとしていた。近づいた瞬間、それが重要ではないことがわかった。

『な、何が起きたんですか!?』

 壁の血痕に視野が広がり、惨劇を想像させ、引く血の気。目線を下げた瞬間、二人の船員の死体を見付ける。何をすべきかの判断も曖昧になり、無防備に遼の寝るベッドまで近付く。

『これは……大変な事が……う!? うぅ……か、体の力が入らない……』

 何も理解が出来ないまま、船員は遼の前でうずくまる。そして資材置場では、皐月の言葉の真意と距離感を計る田村。

『もぅ、私に能力はないの!!』

『どういうことだ!!』

 皐月に近づこうとする風間。その勢いより、皐月の言葉が重要と感じる田村は、軽く上げた手で風間の進行を防ぎ、聞き耳を立てる。

『私は全員を殺す気だった……でも今のままじゃ奪われる!! だから私は、偶然廊下で出会った船員に能力を移した……そして別の道から病室に向かうように言ったわ……きっとあなたたちが、お父さんを倒してくると思って』

 皐月に、一歩接近する田村。

『本当ですか?』

『船員に近付いた途端……身体から力が抜けて一瞬倒れたわ』

『能力を奪われた娘と同じ症状だな!! 田村、急いで戻るぞ。皐月!! お前は動くな! 次見たら殺す!!』

 タンカを切って皐月に背を向ける風間。その後ろに続こうとする田村だったが、一旦振り向き、しゃがみこんだ震える皐月にひとつの疑問を尋ねる。

『ところで……あなたは、船員含めて、香山さんを、殺すつもりでしたか?』

『お父さんは……た……多分……殺せない』

『では誰が能力者になるんですか? 香山さんはあの程度なら死にませんよ?』

『え! あ!! そ……そうね……』

『医師ならわかるはずです。香山さんに死期はありません。偶察力は、勘だけでは、上手くいかない事が多いという事です』

『急ぐぞ!』

『はい!』

 能力の転移に不安を残しつつ、病室に急いで戻る風間と田村。顔を両手で覆い隠す皐月は、静かな資材置場で、身を沈める。





【食欲】





『うぅ……なんだこれは……こ、これはコイツの力? この! やめろ!』

 船員は、何をどうしていいかわからず、得体の知れない能力があると聞いていた目の前の少年によるものかと思うが、船員自身の症状と反して、気配を感じられない遼の手を握って意志の疎通を試みようとする。

『う゛っう゛あああぁ』

 遼の体に触れようとする刹那。握ろうとする音のない手が、まるで見えていたかのように、遼の手が逆に船員の腕をしっかり握り、その握力は、そのまま握り つぶすのではないかと感じるほどの精気で握り締め、今までの意識不明に見える様子が嘘のように、どこを見るでもなく船員の手を握ったまま起き上がり始め た。目はうつろに、口は力なく半開きな、まるで夢遊病の童。

『あ、あのがおはぁ、意識がのぁぃ(あの顔は、意識がない)!!』

『ギャアアアアアアアアア!!!!』

 船内に叫び声が響く。それは現状の痛み、恐怖、それを聴く者全てに理解を求めるかのように。病室へ走る二人にも、それは気のせいとは感じられないほどのプレッシャーが心に響く。

『ハァ! ハァ! まずいぞ!! 何か起きた!!』

『ハァハァ……誰が……ハァ……能力者でしょうか!!』

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』

 船員が目線を下げて凝視する先には、自分の脆くも握り潰された。変形した腕。

『あぁ……あぁ……あぁ……』

 腰に力が入らず、四つん這いに逃げる船員。慣れない態勢は、たまに地につく潰れた腕。船員は、恐怖と驚嘆を目に表現する香山の姿を見ながら、這いずりながら、思い出したかのように言葉をこぼす。

『香山さん〜! 逃げましょうお゛〜あ゛ぁぁ……痛い……はぁぁ……あと!! 皐月さんが伝えてと言ってましたあ゛!! 『譲った』と!!』

 遼は、這いずる船員へ後ろからにじみより、船員の肩と首を掴む。

『う゛があああああああ』

 遼は、これから行う事に、邪魔に感じたのか、力を存分に発揮できるため、握る肩と頭部に力を集め、船員の首を、横にもぎ折る。
 開いた首筋。最後に感じる生命力である頚動脈の鼓動。誘われるように、その開いた肩に噛み付く。
 少しの時間、目撃している香山にとっても初めての光景。少しずつ病室から後ずさる香山の耳に現実に戻してくれる足音。尻を床につけたまま後ろへ下がる香山の凄惨な表情を横から目撃し始めた風間と田村が病室に到着した。

『香山さん!!!? お……おい……嘘だろ……聞いてないぞ……こんなの……』

 血の気が引く光景の先には、床一面、悪趣味な血のアート。無作法な、弱肉強食の食物連鎖か。原形を更に崩す船員。食べ続ける。終わりはどこか。満たされる最後の部位はどこか。終わった後は……続くのか。言葉に出せない光景に、冷静でいたい田村が振り絞って声をだす。

『え……栄養が足りず……無意識に食料を探す?……逃げましょう!!』

『さ……さ! さちゅきぃはぁ…』

『皐月か? あっちの奥の鍵が壊れたドアだ!!』

 風間の簡単な道標に、香山は起き上がる明確な理由も定まり、自分自身の痛みも状態も気にせず、皐月の方向に走り出す。香山の逆に走る風間と田村は、少しでも状況を整理したいため、走りながら言葉を投げ合う。

『ハァ!! ハァ!! あんな化け物だったとはな……』

『正直……ハァ!! ハァ!! ハァ!! 震えが止まりません……ハァ!! ハァ!! 歯が折れながら無理矢理食べてましたよ……あまりに弱肉強食です』

『とりあえず逃げる事だ!!』

 真っ直ぐヘリポート向かう二人。皐月を探そうと走る香山。香山は痛みと失いそうな意識の中、廊下の壁にぶつかりながら、前へ進む。皐月が倒した備品棚の 残骸。香山はよろけながら座り込む。そこで手にとったタオルを、ぐらつくあごを固定するため、あごから首に結び、震える皐月の待つ資材置場へ近づく。

――こんな化け物を渡す訳にはいかん。

 鍵の壊れたドア。それは風間が拳銃で壊した痕跡。そのわかりやすい目印に、ゆっくりとドアを開き、その気配に気づいた皐月も、自分の体を両手でしっかりと抱きしめながら、口をタオルで巻いた父親を確認する。

『さちゅきぃ!!』

『お父さん!』

 香山に向かい、走り、肩の下に顔を埋めながら抱き着く皐月。次に口から出るのは、無意識な自分が行った狂気の謝罪。

『ごめんなさい! ごめんなさい!』

『おむぁえわぁわりゅくにゃい(お前は悪くない)』

 謝罪を快く受け取った父親の胸を借りて泣きじゃくる皐月。それでも思い出したかのように尋ね始める。

『お父さん……どうするの? これから! 誰が能力者?』

 再び皐月を抱きしめ、動きづらい口で、皐月の耳元に囁くように香山は話し出す。

『……(元の身体に戻った)……』

『じゃあ静かに眠ってるんじゃないの!? さっきの悲鳴は!?』

『……(彼は栄養が足りないのか……船員を……食べ始めた)……』

『え!? は!! や……』

 皐月は両手で口を抑え、泣きそうになる。もしかすると、自分がそのような事をしていたのではないかと想像する吐き気と身慄。震えるその両手を優しく握り、香山が思う最善を語る。

『……(彼の身体は生きようとしてる。そしてあの能力を他国に渡す訳にはいかん。俺は彼を治療しようと思う。そして仲間に返すのが一番だ。生き残るすべは仲間が知っているはず)……』

『わ……私達が危ないんじゃない?』

『……(俺達はどんな救急患者も経験してきた。二人で管理していけば大丈夫だ! それに……彼が俺達を殺す気なら、能力は俺たちに移るだろう)……』

 一度能力の移動を経験した皐月。悪意ない接触は危険とならない可能性。味方となる父親との絆と、自分を見失わない強い気持ちを、ひとつの大きな呼吸で心を落ち着かせ、前を向く。

『今、彼はどこ?』

『……(病室に戻ろう)……』

 皐月は香山の腕を自分の肩に掛けて、戦慄と死の残骸が待ち受ける病室に向かう。





【無意識の目】





『ハァ!! ハァ!! お前は体がもつか!?』

『ハァ!! さあ……ハァ!! どうでしょうか……』

 船からすぐにでも離脱しようとヘリポートへ向かう二人。追い求めていた能力の凄惨な一部を目の当たりにして、逃げずにはいられない生存への逃避。

『本土は近い! すぐに病院いけ!』

『それは……ハァ……ハァ』

『どうした!!』

 田村の気配が消えることで振り向く風間。田村は立ち止まっている。何かを熟考している様子。それは逃避した先にまつ自分の身の振り方への懸念か。能力に対する渇望か。逃げることで、離れることで冷静になれたひと時。田村の言葉は、背水の覚悟で挑む挑戦か。

『風間さん……行って下さい』

 立ち止まる風間。そのままたたずみ、田村を静かに見つめる。外の光に後光さす風間の暗い表情に、落ち着いた口調で田村は話し出す。

『さっきは面食らってしまいましたが……彼の能力は、自分の生存の為に動いてるだけです。私は……今、生き延びても、いずれすぐ死ぬ身です……なら、彼が落ち着いた時に、殺意のない接触を試みます』

『奴の能力はまだ未知数だぞ!!』

『私達が彼に対して欠いてた事は、きっと動物的な本能です! 恐らく今頃は落ち着いて……』

 逆光でも微かにわかる風間の目線。それは、風間の目線が自分にない事に気付く。振り返る田村の目に映る、自分の考えを再構築。何を目的に、何故自分達に、本能か、能力か。その声は意識か無意識か。

『ぐがぁぁぁぁあああああ!』

『か、風間さん……あなたの言ってた通りですね……無意識でも……自分の環境を理解して、行動する力もあるようですね……無意識で何を基準に!? 風間さん! エンジンをかけて下さい!! 彼が乗り込むかも知れません!!』

『お前は!?』

『奪ってみせます。能力を!!』

 光に向かって走る風間。白く眩い景色からクリアな視界になると、目の前には自分たちの乗ってきた大型のヘリコプター。風間はすぐに乗り込み、ヘリコプターのエンジンをかける。

『田村ー!! こい!!』

『大丈夫です!! 行って下さい!! 彼が近づいただけで、力を奪えます!!』

 ヘリコプターがゆっくり上昇しようとする。それを待ち構えていたかの様なタイミング。遼は唸り声を上げながら、ヘリコプターに突進する。

『やはり目的はヘリですね!』

 遼の進路に立ち塞がる田村。遼は手を低く構える。

『な!? こ、攻撃がくる!?』

 遼は、これから両手を振り上げる様な構えで、田村に襲い掛かる。寝ていた時の様子とは、明らかに違う肉質と凶暴性。危険度を察知した田村。飛ぶように真横に避ける。

『クッ! 彼に何が起きてる!? そして……何か見えてますね……目で見るものでない何か……』

 田村を相手にせず、ヘリコプターに向かう遼。態勢を立て直した田村も追いつけない事を理解する。

『仕方ないですね!』

 即座の判断で田村が拳銃に触れると、瞬間的な出来事を理解するべきスベがないはずの遼に変化を感じる。

――や、奴の体の姿勢が変わった!?

 思考しながらも、田村は躊躇なく発砲する。発泡する直前から感じた。それは遼の動きが何かに迷う動き。右に行くのか、左に行くのか、少なからず目の前の ヘリコプターへ最短で到達するための走りではなかった。銃弾の軌道がわかっていたかの様に、後ろ姿で避ける遼。田村は続けて発砲しようと構える。

――そ、そうか!! なるほど!

 何かに気付き二発発砲する。背中から両肩を狙った、左右の回避の難しい軌道に、最短で避けられるための行動か、遼は真横へ低く回避して転がる。遼の目線は転がりながらも、ヘリコプターから田村に変わっている。
 すでに上昇を始めたヘリコプター。十分な高さ。田村の上空に近づき、風間が放り投げるものがある。

『田村ー!!』

 風間は機関銃を投げる。受け取り構える田村を確認すると、更にトランシーバーを投げる。片手でしっかり受け取る田村は、すぐにトランシーバーを使う。

『有難うごさいます! そして能力がわかってきました!』

【どういうことだ!】

『一種の予知能力のようなものです! 撃つ前に体が避ける態勢になってます』

 遼の保有する能力ににじみよる田村の思考。すでに死期の近い者へ移動する不可思議を考えれば、無理な思考でもないことで、はっきりと風間へ伝える。

【まわりの行動が先読み出来る訳か! その仮説が合ってるとして、勝てるか!?】

『私に勝てる可能性があるとしたら、わかっていても避けれない状態にする事です……』

 トランシーバーを耳から遠ざけ、新しい道を探しているように首をぐるぐるとゆっくり回す遼に向かって、理解を期待せず言葉を放つ。

『さあ!! ヘリに乗り込むことは不可能となりました!! 船内への道は私が塞ぎます!! あなたの進む道は私に向かう事です!!』




【歓喜】





 田村は自分の持ち物を頭に浮かべる。考えられるギリギリまで、遼の向かう道がハッキリわかるまで、冷静に、慌てずに、考えられるだけ考える。

――拳銃……機関銃……トランシーバー……手錠……ナイフ。真正面で戦うには不利過ぎる……せめて攻撃を制限できる環境がないと、二手でやられる。私の周りにはロープ……これは旗を揚げるポール……。

 実践慣れをしている田村は、偶然的に自らの環境にあるもの全てを利用出来ないか、偶察力の戦いを挑む。風間は相棒として期待出来る田村の思考能力を上空から見守る。

――もし予知能力があるなら、何を隠しても見えてますね……。

 田村は横に立っている旗用の細いポールを再び眺める。

――この障害物があるだけで、物理的攻撃は相当不利ですね

 田村は船内への入口から少しずつ遠ざかり、旗を上げるためのポールの後ろに立つ。回していた首が止まる遼。ひとつの道が見えたのか、横向きから勢いよく 走り出す。その走り出した方向を確認したかのように、田村は船内への入口に避けられないほどの銃撃を、遼に当てることを考えずに乱射する。

『う゛がああぁぁぁ!!』

 その乱射は田村への直線上だけは無事なライン。田村は自分に向かうように仕向ける軌道で機関銃の乱射を続ける。

『私はポールの右か左か読むだけでいいんです!!』

 道が狭まり、道が確定された遼は、田村に真っ直ぐ向かって走る。それは田村の期待した道。自分に向かってくるはずの唯一の道。

――私がポールを中心に立てば、奴はポールの『左右のどちらか』に回り込む……ポールと奴を真っ直ぐに合わし、回り込む方向に合わせて、ポールを中心に同じ軌道で、私も回り込む……そして……『右だ!!』

『田村!!!!』

 風間が田村の名を叫んだ瞬間、勝敗は決まった。
 それは田村の理想。そして田村の『脳が今みている』光景。
 向かって右に回り込む遼の軌道に合わし、田村はポールを中心に左に避け、ポールより前に出た遼の手に狙いを定め、手錠を掛けると同時にポールにも手錠を掛ける。

『がぁぁ! がぁぁ!』

『どうですか? すぐに逃げられないでしょう! 残酷ショーの始まりです!! とりあえず足を止めますか!! ハハハハハハハハハ! 私の勝ちです! ハ ハハハハハハハー! そしてこの偶察力勝負の先! 私の幸福! それはあなたの能力を手に入れた時が! セレンディピティの完成です!』

 田村は今、遼の足に機関銃を『放っている気分』でいる。

――ハハハハハハハハハぁハハハハハハハハハ。

 歓喜の顔を浮かべる田村。だがこれは、歓喜の走馬灯を見ている。目を離さずにその全てを眺めていた風間。

――田村……お前は……その手錠で、『今から奴を』、ポールに繋ぎとめる考えだったんだろ? しかし奴は、『両手で』お前の首をつかんだ。お前の顔は喜び に満ちあふれている。すでに体から、頭が離れていようと、体は機関銃を下に向けて放っていることから、お前のやりたい事は理解したぞ! 流石だ……田村。





 最高の作戦と思い、思考が先走る田村。頭だけの存在となり、見たい光景を脳で見ている田村。遼がつかむ歓喜の顔の田村。足元はすでに体ごと倒れている。遼は、言葉にもならない唸りを吐きながら、田村の頭を潰す。

『化け物がっ!!』

 見届けた風間は船から離れる。無意識の遼は、フェムの道が途絶え、その場で倒れ込む。入口から見えてくる人影。口を抑えながら出てくる皐月と、応急処置をした香山が現れる。

『……(終わったか……皐月……担架で運ぶぞ)……』

『はい……』

 ほかの船員には頼まずに、二人で丁寧に持ち上げ、担架に乗せられる遼。悪意ある心を持つ船員などの接触を恐れ、治療することだけを考え、回復させることだけを心で唱える二人。

『本当……自分にない力って欲しがってしまうものね……』

『……(だがこの青年は望んで手に入れたか? 普通の若者……おそらく死が近付いていた事で手に入れたことだろ……どちらが幸福だったか)……』

『無いものねだりだけど……それでも羨ましく感じるわ……でも私には荷が重すぎる』

 治療室へ向かって運ばれる遼。立てこもっていた船員への連絡は、船内の殺害は田村の単独犯の扱いとして、仲間である風間は逃亡したとされた。そして遼の治療は続く。





【尻拭い】





 空軍基地で誘導により着地するヘリコプター。険しい表情で操縦席から降りてくる清正。後部からも降りてくるハル。何人かヘリコプターに駆け寄り、ハルの横で倒れている操縦士に気づき、担架の要請を連絡している。

『彼は気絶してるだけだ! 起きたら後で話しがあると伝えてくれ』

『はい!』

『娘が出血多量だ!! 止血と点滴は行った。続けて処置もやってくれ』

『はい! 担架を用意します!』

『必要ないわ……自分で医務室にいく』

『ハル……』

 疲労感を見せないたたずまいで、ヘリコプターから離れ、眉間に力が入った目つきは、清正から見ると普段より機嫌悪そうに見える雰囲気で歩くハル。清正が 遼を何者かに渡したことは、半分は理解できるが、半分は、何かが間違っている気がする腑に落ちない思いと、自分を助けた人間を自分たちのために渡したよう な罪悪感が払拭できない面持ち。時折すれ違う基地の隊員に会釈されながらも、頭がいっぱいな気持ちなのか、周りの様子も見えない雰囲気で反応が遅れながら 礼を返す。一先ず腕の治療も必要であるが、その話を聞いてくれる人物もその目的の部屋にいた。
 医務室に到着するハルは、気を取り直しているのか呼吸を整えて、自分に言い聞かせるような優しいテンポのノック。

『はい』

『失礼しま〜す』

『おお春枝! 戻ったか!』

『おじいちゃん!』

 笑顔のハルの表情に安心をしつつも、包帯を巻かれ、赤く滲む手首をみる「出浦盛清イデウラモリキヨ」。

『随分無茶をさせたようじゃな……スマン……』

『大丈夫だょ〜。それよりパパにイラついてる』

 相槌の代わりに笑顔で返す盛清は、振り返り、新しい包帯や薬品を棚から物色しながら言葉を返す。

『お前が医務室に着く前に清正から連絡がきた……彼は残念だ……しかしお前を思う気持ちも理解してやってくれ』

『んん……まあ』

『すべてはわしのきまぐれからの始まり、清正はわしの尻拭いをしたんじゃ……本当すまない……』

 息子の心中を自分のことのように代わりに謝る盛清に対し、ハルは沈黙しつつも、複雑な表情を浮かべるが、すぐに話を変える。

『おじいちゃんまだ現役で医者続けるの?』

『あぁ、まだわしを必要とするお偉いさん方がいるからのぅ! 勝手な言い分じゃが、力がなくなりホッとしとる』

『もうパパに医術譲って早く隠居しなよ〜』

『あいつはまだ頭が固い……もうちょっと柔軟性がついたらな』

『それおじいちゃんの歳になるまでムリそう〜』

『ハッハッハッ! それは困ったのぅ』

 気持ちを下げたくないハル。とりとめのない話で笑顔を絶やさないように繋げるハルと盛清。医務室ではハルが入室したときからテレビがついていた。ハルは横になり盛清と雑談しながらも、ニュースを適当に眺める。

【今日未明〜……〜警察署〜……〜の鈴村和敏容疑者が……】

『鈴村?』

【療養中の病院を抜け出し、拳銃を警察署より窃盗、現在指名手配となってます。現在は……】

 途切れ途切れに耳に入った古くない名前に反応したハル。それを盛清に尋ねるように言葉を繋げる。

『鈴村って、昨日……遼が町田とやり合ったもうひとりの刑事?』

『顔に銃弾と聞いたが脳は外れたみたいじゃの……昨日の今日で拳銃の窃盗とは』

『鈴村は何か始めるね……動機は限られるわ』

『そうじゃな……なんにしても春枝はまず治療じゃ』

 興奮しそうなハルを落ち着かせ、点滴後すぐに輸血を始め眠り込む。睡眠導入剤によりいびきをかいて眠るハルを盛清はにこやかに眺め、静かに医務室から退室する。医務室の外では、清正が待合用のソファーに座りうつむいていた。

『春枝に絞られたか』

『いや……話そうとしない……』

 困った顔でにやける清正。

『まぁ……しばらくほっとくんじゃ。複雑な考え方と、助けられた人間を自分達の保身のために売った訳じゃ。あの子の歳で割り切るのは難しい』

『俺は……間違いだったかな……』

『わしはお前を責めはせんよ。結果がどうであれわしらの事を考えての行動じゃ。あとの事はやって来る出来事に対応するだけじゃ』

 しばしの沈黙に、清正がふと横目の先を眺める廊下の先。清正に目線を合わせた隊員が近付いてくる。

『お話し中失礼致します。気絶してました操縦士が目を覚ましました』

『すぐ行く』

 隊員が頭を下げて廊下の先に消えるところまで見届けると、盛清は状況を察して清正に尋ねる。

『船の居場所を知らせない為かい?』

『はい……それに後々わだかまりを残すのも良くないので行ってきます』

『清正、わしらの事を知っとるのは何人だ』

『確実には……二人です。すぐ対処します』

 清正は盛清に背中を向け立ち去る。盛清はすぐに医務室へと戻った。まだハルは眠っている。盛清はハルの頭を優しく撫でる。撫でられることで微妙に浮かべ る笑み。その表情を優しく眺める盛清は起きないように手を離し、振り返ると同時に顔つきを変え、歩き出す先にある事務室。深い息をつき頭に浮かんだ人物電 話を掛ける。その電話はすぐに繋がったが、違う人物が電話に出た。

【はい……】

『香山の娘かい?』

【盛清さんですか! ご無沙汰してます!】

『前に香山から番号聞いてたんじゃ! 兵隊相手の船舶船医を専門でしとると聞いたが』

【はぃ……】

 電話に出た皐月。直前までの凄惨な出来事への悲壮感を表した声。事情があっての声質と感じる盛清。そして香山の事を当たり前のように尋ねる。

『香山はいるかの』

【今……調子が悪くて……すいません……伝言があれば】

『若い怪我人今朝来たじゃろ』

 返答に悩む皐月。一先ずは守秘義務を優先させる。

【いえ、特にそうい……】

『隠さんでも大丈夫じゃ! 彼はもう目を覚ましたかな』

【すいません……これ以上は……】

『ああ、立場はわかる。彼が……いや……香山の調子戻ったら、連絡欲しいと伝えてくれるかい』

【あの……あ! 今香山が隣に来まして、話すのが難しい状態なので、私が間に入って伝えますが】

『一言香山の声が聞きたいが……』

 皐月は香山に伝える。香山に事情を伝える声が微かに聞こえるが、盛清が知っている口数の少なくない香山からはその相槌がないことに、どのような返事が返ってくるかひと時待つ。

【ごびゅしゃてゃしとぇましゅ!(ご無沙汰しております)】

『わ、わかった! 出させてすまなかった。娘さんに代わってくれ』

 明らかな会話が困難な状態。理解した事情。

【はぃ……】

『何か奇怪な力持った青年と聞くが、その影響かぃ?』

【は……はい】

『そうなら、そんな危険な力はずっと眠らせた方が良いぞ』

 盛清の質問をそのまま香山に伝える皐月。皐月の耳元に細く話す香山。時間を掛けた会話が続く。

【そんな情報を、どこから聞いたのでしょうか】

『傭兵の一人くらい、連絡できる者がおるんじゃ。帰国したがの』

【盛清さんなら不思議はないですね……ただ、私どもは、仲間の元に帰そうと考えております】

『そうか、同じ力を持った仲間がいるのじゃな? それがええかもしれんな』

【はい、仲間なら環境の適応方法は熟知しているかと思いまして】

『仲間と接触するの難しいじゃろ。わしが調べようかい?』

【心遣い感謝しております。ただ私共も一人あてが有りまして、後ほど確認しようと考えております】

『そうか。それは良かった。名前はわかるんかの?』

【たしか……清正と……】

 繋がる道標。伝わった情報。盛清の判断は面倒を避ける虚言。

『ほぅ……わしに似て古風で素敵な名前じゃな〜。聞いたことないがそいつと連絡取れるんじゃな』

【船にいた傭兵が去ってしまいまして、香山は傭兵から連絡先を聞いていたので、その者に連絡してみようと考えてました】

『ほぅ……探してた力を置いて去ったとは』

【はぃ……色々ありまして、彼はずっと昏睡してますので、静かに治療を続けていく次第です】

『そうか……どんな力かよくわからんが気をつけてな』

【はい! ありがとうございます】

『ではまた』

 盛清は電話を切ると医務室へ戻る。ドアを開けると、思っていたより早くハルは目覚めていた。

『おぉ春枝! 目が覚めたか』

『おじいちゃんの尻拭いは私の番よ』

 一瞬、電話でも聞かれていたのではないかと考えたが、そのハルの目はテレビからの情報からのものであった。ハルと盛清はテレビニュースを静かに眺める。

【なお犯人は依然立て篭もり、立明大学の学生を人質に……】

『鈴村か?』

『一発発砲があったみたい。時間のタイミングと距離的に間違いないわ! ここは遼の通う大学よね』

『春枝が動く事はないそれなら清正に』

 言葉を遮るハル。

『助けられた借りをつくりっぱなしは嫌なの! パパが? パパはどう見ても教授や学生のガタイじゃないわ!! 私なら学生で通るわ』

『いや駄目じゃ! 普通でも全治半年じゃ! 行かせはせん!』

 説得の応戦が繰り広げられると想像した最中、言葉を止める理由となる、ドアをノックする音。

『はい』

『失礼します! ヘリコプターで敷地内に着陸要請があります。風間と言う男が清正さんを呼ぶように叫んでまして、こちらかと思いまして』

『風間……わかった! わしから清正に伝えておく。許可してええよ。こちらも彼に用事がある』




【再現】





 隊員は一礼をして去り、騒がしくなった周辺の事情により説得をしきれないハルは膨れっ面でいる。

『気持ちはわかるが……ここはわしを助けると思って落ち着いてもらいたい』

『はい……』

『じゃあ清正のところに行ってくるからの。今は寝ていなさい』

 納得しきれていないハル。その納得を払拭しきれていないハルの表情を尻目に、盛清は医務室を出て清正の元に向かう。
 操縦士が気絶していた部屋は一つ下の階層の部屋。仮眠室程度の部屋で安静にしていた操縦士がいる部屋で、清正は操縦士と話が終わり、ちょうど部屋から出てきたところだった。

『清正』

『父さん……どうかしましたか』

『ああ、いくつかあるんじゃ。ざっと言うぞ。まず船で問題起きた。その事は落ち着いて、その船の医師をしとるわしの旧友の香山がお前連絡しようとしとる。風間から携帯番号を聞いたらしいわい。そして風間は船からすでに去った。その風間は今ここに来とる』

『なんとなくわかりました……その、香山は何故?』

『遼を仲間の元に返したがっとる。そしてわしはお前の事は知らないと伝えた。どうじゃ……対処出来るか?』

『対処します。風間はヘリできたんですか?』

『そうじゃ。よろしくたのむ』

 清正は、通常ヘリコプターで侵入した者が待機する、風間の待つ所に向かい始める。
 約束通りに事を進ませた清正。それでも訪れてくる風間。どんな問題が起きたかを想像する清正。傭兵との取引に約束はあるようで無いように感じながらも、問答で解決できることを考えながらも風間の元へ向かう。
 ヘリコプターのそばでタバコを吸いながら待つ風間。

『おう清正! また会ったな』

『どういうつもりだ! 約束は果たしたぞ!』

『あぁ……そのつもりだったがな……まぁ、俺は敵にするなら動物より人間の方が扱いやすいや』

 想像できる展開と内容。扱いきれなかった能力者。その結果の精算。そのような言葉を匂わせる風間。それもわかった上で、あえて詳細を探ろうとする清正。

『どういう事だ』

『あっちで話そうぜ』

 死角となる建物の陰へ誘う風間。わかりやすい考え。それだけ感じる自信。

『ここで話せ!!』

『いいのか? 娘に付きまとうぜ』

 清正は風間の胸倉を掴む。動じない風間は余裕を感じさせる顔つきで、タバコの煙を浴びせる。

『おいおい。こんなとこで残酷ショーする気か? はは、まあ待て』

 腕を払い、歩き始める風間。間合いを見計らいながらついて来る清正。

――罠だ!

 清正に緊張が走る。本来狙われていた清正。自分が会話に乗らないと狙われるハル。明らかにわかる災い。それだけ、躊躇する。

――フェムの流れが最悪だ! 行くべきではない。『お前……俺を殺す気か!?』

『俺は一生傭兵だぜ? 常に殺気立って何が悪い……必要なら叶えてやるよ! ハハハ!』

 ごまかされた気もする清正だが、真意の方が気になり、いつでも風間の致命傷となるフェムの流れを眺める。風間は周りを見渡す。敷地内は厳重な警戒をされている。監視カメラや、トレードマークの旗などのポールが幾つも立っている。

『この辺か』

『何が狙いだ!』

『ハッハ……あんた……真面目すぎるよ……まあいい。俺はこれからあんたの娘を狙っていくぜえ? あいつには逃げられたからな』

 適当に話を繋げる風間。盛清から船の問題を深く聞いていれば更に察することのできる虚言。けれど、風間にとっては、言葉は重要ではなかった。

『お前はあの男を売れば済む話だろ!!』

『数は多い方がいい。俺の自由だ』

『なら……今俺がお前を黙らせるのも自由だな!!』

『ああ……そうだな』

 風間は基地内の旗を掲げるポールに触れながら、清正を挑発する。清正は風間の体にはびこるフェムを見極める。

――おかしい……体の隙は沢山ある。しかし風間までの道が最悪だ。

『娘……割といい女になりそうだなぁ! アハハハハ!!』

『風間ーー!!!!』

 風間は会話の最中、眺めていた。清正が抑えられない挑発の種類を。一番効果的に感じたハルを天秤にした挑発。
 清正は、口を閉ざしたい一心で、風間に向かい突進する。

――田村……お前がやりたかったのは、こうだろ?

 ポールの後ろに立つ風間。それは遼を相手にした田村と同じ行動。

『があああああ!!』

――田村……右にくるぞ。だけどお前はポールに近付き過ぎた……。

 ポールにより手が届かない清正は、ポールを中心に勢いのまま風間に向かって回り込む。

『そう……田村がやりたかったのはこうなんだよ!!』

 風間も清正と同様の軌道でポールを中心に左に回り込む。

『があああああ!』

 清正の片手が出る。

『こうだよな!! 田村ー!!』

 清正からすれば、自分と違う名前を発することの意味がわからない。余計な思考は、清正の行動をほんの少し鈍らせるには十分だった。風間の思惑通り、田村が能力者相手にやりたかった理想通り。清正の片手に手錠が掛けられた。

『そしてこうだ!!』

 手錠をポールに掛けると、風間はポールから飛ぶように離れる。

『はっ!!!!』

『あぁ……そうだなぁ田村ー!! すぐに足とめなきゃなぁー!!』

 消音装置を付けた拳銃。脅しで使うような様子ではない風間。それは躊躇がなかった。風間は笑顔のまま発砲する。何度も、何度も。

『ぐあぁ!! がああぁぁぁぁ!!』

 風間は清正の足に六発の銃弾を撃ち込む。それは警戒する必要以上の数。田村と能力者の戦いを目に焼き付けた為か、立ち上がるという可能性を絶ち、確実な安心感を得る為の非情な心を鉛で表現する。

『動けねぇだろ……お前、今、俺を殺したくてしょうがないだろ? ここまでは田村の弔いだ。そしてここからが俺の用事だ』

 風間はもう一つ手錠を取り出し、後ろに回り込み、素早く清正の自由な片手に掛ける。同様にポールに手錠を掛け、清正はポールに向いている状態となった。痛みと遺憾が脳と体を占領した清正の背中に、自分の背中を合わせる風間。

『う……うぅ……うあああああああー!!!!』

『お前の殺気からくる俺の死期が逃げてなくてよかった……まあ、力抜けなきゃ自分の腕吹っ飛ばすところだったよ。どうだ? 力が抜ける気分は……お前は真面目過ぎた』





【思惑】





 膝をつき、両手をポールに繋がれた言葉を失う清正の背中にある残酷な温もり。接近に必要な時間も定かではないため確認をするためにも風間は立ち上がり、少し距離を空ける。

『手錠を壊す力も、ポールを曲げる力も、もうないだろ』

『目的は果たしただろ!! 俺を殺すなら好きにしろ!! だが!! 娘は見逃せ!!』

『このことを娘が知ったらどうなる? きっと向こうから会いにくるぜ? 俺からは行かねえ事は約束出来るが、この能力の事は話して貰うぜ……実際、実感が湧かねえ』

『く……』

 言葉を噛む清正。ハルを巻き込みたくない気持ち。風間への信憑性の少なさ。能力を使いこなされる危機。無言でいることが最善か。それでも脅される材料がありすぎる現状に言葉がでない。

『おいおい!! だんまりは無しだぜ……どうせ山篭もり修行でもすれば解ってくるんだからよ! ははは!!』

 時間の問題。少しでも隙を感じたい。清正は、能力の反射神経と清正自身の反射神経の戦いに挑む。

『フェ……フェムと言う……光って見えるラインがある……見えるか?』

『フェム?』

『目をつぶって見ろ……集中すれば見えてくる……』

 目をつぶる風間。その隙を狙い、痛みを忘れて一瞬立ち上がった瞬間、ポールになるべく近づき、腰から抜いた拳銃を素早く発砲する清正。

『うおおお!?』

 風間の体はすでに低くかがんでいる。それは風間にとっても予期しなかった動き。清正の判断は成功するはずだった。万が一、能力が移動していなかった場合。
 風間の意図しない態勢から、最短に反撃できる踏み込みで、清正に反撃しようとする。

『お!! ぉおっとお!! 止まれ!! 止まれ!! 俺の体よー!!』

 風間は自分の意思で暴走しようとする自分の体を止める。更に止まらない体は風間の意思。拳銃の標準を合わされる前に、素早く清正の拳銃を蹴る。

『くっ!!』

『あっはっはぁ!! 残念だったなあ! けど少し理解したぜえ。可能な限り回避防御最強だなあ』

『それ以上は……自分で考えるんだな』

『あ?』

 清正にはもうひとつの狙いがあった。響いた拳銃の音の広がり。それは取扱いに慣れている基地の隊員の一人にでも耳に入れば、すぐに異常事態だと判断できる。警報が鳴り響く。

『あ〜ぁ。さっきの発砲で警戒し始めたな……まあ、今更だがお前に恨みはない。あのガキに相棒の田村を殺されてな……能力の根絶やしには賛成だ。人を喰うのは人間じゃねえ! ってな! ハハハ! じゃあな』

 風間は用事が済んだ意思表示のように、手錠の鍵を自分の足元に落とし、ヘリコプターに走る。
 警報が耳に入り、清正の安否が気になる盛清。警報の理由を隊員に確認する。

『はい! 発砲が敷地内で起こったようです!』

『清正! おい!! すまんが、ここにある救急用具を持ってきてくれ!!』

 盛清は、すでに異常事態を感じていると思う、ハルのいる医務室に向かう。

『ハル!?』

 すでにハルは居ない。ベッドの温もりを確認する盛清。

『随分冷えとるな……警報より前に消えとる……まさか!』

 ヘリコプターのエンジンを掛ける風間。上昇するまでに時間が掛かる。そのわずかな時間にヘリコプターへ近づく隊員たちの姿が目立ってきた。

『おいおい、ワラワラ人が集まって来やがったな』

 風間は消音装置を外し、軽くドアを開けた隙間から、空に向かって威嚇発砲する。隊員は皆警戒し、身を低く屈める。

『俺はもうここに用がない!! 殺す気でこないと返り討ちに遭うぞ! ハハハハハハハハハ!!』

 威嚇発砲を何度も繰り返し、甲高く笑う風間。風間はゆっくり上昇し、目的地にヘリコプターを飛ばす。

『あははははー! 新しい相棒! 待ってろよ!』

 隊員達はまさかの事態に騒ぎはじめる。興奮し騒ぎ立てる者。緊張が隠しきれない者。盛清は清正の状態を確認した隊員より理解する。そして基地内の幹部に伝える。

『奴は……追うな! 身内の話だ! これ以上の騒ぎは無駄な被害者と収拾のつかない話となる!! 演習の扱いとするんじゃ!!』

 高い技術の医者として、官僚に関わりの強い盛清の発言と、それらを世間に弁明する事態の拡大を治めるため、基地内で事が無かった形となる。
 隊員と共に清正へ近づく盛清。その力ない姿に、想像以上の屈辱を感じる。

『清正……』

 ポールを握り肩を落とし、うなだれる清正。近寄りがたい隊員たち。近寄れる者は盛清のみ。そこで掛けられる言葉は、本心のみだった。

『お前が生きてて本当に良かった……』

『はあぁ……父さん……すまなぃ……奴の挑発に……本当に……すまなぃ……ううぅ』

 悔し涙を流す清正の頭を、子供のように撫でる盛清。両足に戒められた銃痕の痛々しさ。それでも盛清には、優先するべきものがあった。盛清に言われて隊員が用意していた救急用具。

『清正……ここで処置をして、すぐ向かうぞ』

 その頃、事態を知らないハル。バイクで鈴村が立て篭っている立明大学に向かう。

『叱られちゃうんだろうなぁ……』

 医療室に連れて行くことなく、盛清は清正をその場で弾丸を取り出し、応急処置をして隊員に指示をする。

『さっき清正を乗せた操縦士を呼ぶんじゃ!! ヘリの準備を頼む!』

 遼は昏睡を続ける。世間の雑音を遮断した魂の空間。

――僕は周りより大きく……雄大で……静かで……退屈な大木……僕の願いは……この見える世界と……違う世界を見ること……特別な……能力で。





【学食】





 立明大学に到着するハル。その入口はテレビの取材者やそれを近づけまいとする警官隊で包囲されていた。

『包囲されてるなぁ……どうやって入ろう……』

 校舎を眺める。長くそびえる校舎の隣。屋上の高さに近いビルが目に留まる。バイクを路地に止め、そのビルに向かい、外階段から屋上に昇る。

――いいね……ちょうど校舎に届きそう。

 助走をつけられる距離まで下がる。飛び越える不安はない。あるとすれば負傷した手首への衝撃。

『フェムの道は広くて綺麗な波!! ハァァァァ!』

 充分な助走と能力の導きで余裕をもって校舎に届き、衝撃を分散させるため、手首をかばいながら体の所々を受身としての五点着地する。

――さて、どこかしら……学生が集まる場所……食堂かな。

 屋上から階段を静かに降りていくと、階段にある校舎内の案内図。現在地から学食までの経路を探す。想像通り、校舎内にはひと気がない。

――どうして鈴村は大学に? 捕まるのは目に見えてる。逆上? 遼も指名手配で今は海の上。

 学食にゆっくり近付く。自分の影と姿が悟られないように辺りを見回すと、学食を中心に、別の校舎の教室や屋上から、狙撃部隊が見える。見付かると面倒と思い、一呼吸おき、フェムの様子を探る。

――学食に向いてないね! まだ行くべきじゃないのかも。こっちの校舎か。

 フェムの道を外れないように慎重に歩く。その先に見える扉。それは広い講義室。講義室のドアをゆっくり開け、中を覗く。

『何があるの……』

『キャア!』

『静かに! 落ち着いて! 犯人は学食よ』

 ドアの音と同時に声を上げる学生。生徒が並ぶ座席を固定させた横並びの机に隠れる女性。ハルの言葉に少しずつ顔を上げる女性は、遼から恐怖により逃げ出した加藤陽菜である。

『あなた……誰?』

 陽菜は持っていた携帯電話をデニムにしまい、ゆっくりと上目遣いでハルを見ながら尋ねる。ハルは安心させるため、怖くないと思われそうな表情を浮かべて言葉を交わす。

『私はハル……えと、外に逃げ遅れちゃって……ずっとここに隠れてたの? それと犯人って、警察関係者って聞いたけど』

 逃げ遅れたというありそうで簡単な嘘に、陽菜は安心したか、自分の状況を話し出す。

『はい……あの犯人……刑事です。突然目の前に現れて……私……顔の傷と血に驚いて叫んでしまって……』

『あなたが叫んだ事で、人が集まったのね』

 微かにうなずく陽菜。するとハルも聞いていない内容をゆっくりだが自分から語りだす。

『私……あの刑事のニュース……知らなくて……周りの人が犯人とか指名手配とか言い出して……囲まれたと思ったら、いきなり発砲して……私……怖くてすぐ逃げて……』

『鈴村は何を聞きにきたの?』

『多分……遼って言う私の知り合いの事。あいつは……』

『遼は……昨日いろんな事故に巻き込まれたんだよ』

 言葉を言い切って、自分が余計なことを言ってしまったと感じる表情を浮かべるハル。陽菜が遼の知り合い程度の繋がりと思った雑談のつもりだったが、遼の名前をハルから聞いて表情が険しくな陽菜があった。

『え!! 遼の事知ってるんですか!? 遼は今どこに!?』

 意外な食いつきに少し戸惑うハル。どのくらいの繋がりの関係なのか、嫉妬なのか、友情なのか。それでも険しい顔は愛情には感じなかった。

『今、遼は……重傷負って、どこかで治療してるわ』

『どこ!! 教えて!』

『それは……ごめん』

 逃げ出したい気分になったハル。フェムに導かれて陽菜と接触したことに、どのような運命を感じていいのか悩む。

『ハルさんは遼とどういう関係なんですか!? 彼女ですか!?』

 更に言葉に悩むハル。目の前の女性が事情を知らなくて、自分が知っているような関係。言葉につまりながらも、ハルは少し面倒くさそうに言う。

『そ、そうょ! だ! だからあいつを庇う立場ってことで!』

『そ! それじゃ、昨日の事件……』

『それより鈴村をなんとかしないとだから……あなたは隠れてて』

 陽菜も言葉をつまらせて、遼とハルの関係性からくる繋がりと昨日の狂気な遼を整理する。ハルはこれ以上の話は鈴村追跡に支障を感じて、素早く振り向く。陽菜はハルの腰に挿してある拳銃に気付き、所持する意味と遼への黒い感情が沸き上がる。

『やっぱり!! ゆ……許せない……』

『えっ?』

 真後ろで聴こえる陽菜の低い声。振り向いた時にはすでに、陽菜は拳銃をハルの腰から奪い、それをハルに向ける。

『なにを!?』

『あんたも遼も人殺しよ!! 達哉を殺したわね!!』

 陽菜の結論。整理した思考の答え。ハルは少し混乱しながらも、ゆっくり手を挙げて、なだめようとする。

『ちょっとぉ……勘違いしないで』

 近寄ろうとするハルに、陽菜はあわてて手元を危なげに探りながら、引き金を引く。

『私の目の前で刑事を殺しといて勘違いはないでしょ!!』

『あ、あなた』

 ハルは気付く。遼と刑事の出来事にこの学生は立ち会っているのだと。そこから繋がる交友関係。遼の目の前で死んだ達哉。その達哉を想う女性だと。

『あれはね……話が複雑で……』

『近寄らないで!!』

 陽菜はハルから後ずさり少しずつ距離を空ける。更に険しくなる陽菜の表情。鼻の横のほうれい線は深く釣り上がった表情筋。怒りに任せて今にも手前に引きそうな人差し指。
 銃声が轟く。拳銃を握る陽菜は目を強くつむっている。ハルはうずくまり、事態を理解しようとする。

『学食!?』

 陽菜は挙動不審になりそうに、ハルと学食の方向を交互に首を振ると、銃声の方向からざわめきが響いている様子を感じ、目を数秒つむって耳を澄ますと、手から重さが消えた。

『え!?』

『おもちゃじゃないから返してもらうね』

 陽菜は一瞬で目の前に現れたハルに拳銃を奪われる。その常人と感じられない行動の早さに、遼への繋がりを強く感じる。何か言葉をぶつけたい気分でもあったが、先に行動を始めたハルの言葉に、一旦自分の感情を静めた。

『ここを動かないで!!』

 座り込む陽菜に背を向けて学食に向かうハル。講義室の扉を開けた瞬間に、恐怖から遠ざかる学生たちが目の前を横切り、我先に掛け走る。

『ウァァァァ!!』

 逃げ惑うような声が響く。

『キャアアアア!!』

 学食から飛び出す血眼な男女。余裕を感じられない狂気からの逃亡。その空間以外なら全てが幸福に感じる見えない幸運路への猪突猛進。飛び出す学生の後ろから発砲している。

『キャアァ!!』

 ハルはその中暴動に紛れて中に入る。

『くそぉ!! 逃げるなって言ったのに!! 何でこんなことに……ああああー!! 水谷!! チクショー!!』

 遼を呼びながら大人気ない怒りを口々に出す。止まらなくなりそうな引き金を強制的に抑制するため、拳銃をコートに隠し、周りを見回しながら苛立つ鈴村。



 ハルは周りの学生と逆方向の混雑に混じり、低くかがみ、横を向いている鈴村の隙をついて適当な椅子に座りながらしばらく様子を見る。入口から遠く、逃げきれない場所にたたずんでいた学生たちと共に。





【相棒】





 ヘリコプターを飛ばす風間。青々と茂る山々の上空を飛行する。

『やっと着いたな』

 目的地と思われる地点近くに到着して、ヘリコプターを降下する。深い山脈の森林飛行中に、確認した方位を頼りに、風間は森林の中に入り始める。誰にも邪魔をされない場所。挙動を気にすることなく凛としたたたずまいで、清正の言葉を思い出す。

――フェムか……。

 風間は目をつむり深呼吸をする。落ち着いて周りを見渡す。

『なんだ……このラインは……』

 口に出してしまうほど、初めて観る光景。清正の言葉がなければ本来は先にくる混乱。様々なフェムの形に戸惑う風間だが、能力者特有なものだと、納得が安易な予備知識があるため、余裕を取り戻し、見定める。

――良し悪しがあるのか?

 その数あるラインの中、風間は本来の目的地と違う方位である、ギザギザする細い道を進む。

『ハァ……ハァ。体が重いな。なんだあ? この緊張と吐き気は』

 不快な気分で足場の悪い山道で疑問を口走りながら歩き続けると、視覚より先に聴こえてくる音。

――水の音。……滝か!

 間もなく目でも確認出来る音。その直前、確認する間もなく、風間本来の感覚で感じる別の気配。すでに理解した気配は、万人に認識出来る恐怖の唸り。い ち、に、さん、と、そのうち確認する事を諦める数の野犬が現れる。拳銃を構え警戒する風間。実践経験からくる落ち着きか、丁寧に間合いと距離感をつかむ。

――これは……なるほど、不正解……道によって運命が変わる訳か。

 風間は気づく、冷静になればなるほど、再び見えるフェムのライン。慎重に、わかりやすい一番太く滑らかな道を歩く。野犬にとって間合いの外。野犬はその絶妙な位置に、野犬は一定の距離を保ち、襲って来ない。

『これじゃわかんねえな……』

 響く銃声。無差別に狙われ、もがき、痙攣に陥る野犬。同胞への攻撃は、逃げるか攻めるかに分かれた、襲い掛かる野生の形相。拳銃は風間にとって威嚇。自分以下と思える相手には頼らない意味の美学か、拳を構える。

――ほお……野犬の体中にフェムが見える……正解ははっきりした波か。

 狂気の牙に臆さない的確な攻めと反応に、堕ちる野生のプライド。自分以上と判断した野生の勘は逃亡の選択。

『あっはっは便利なもんだ! 教えて貰うまでもなく急所ばかりだがなぁ』――つまり、道が滑らかなで広い道を選べば、悪い事が起こらない訳かぁ……田村が見たかった世界だな……生きるための最良の道なら、長寿の道にも続くかもな。

 野犬は気配を消し、滝の音に背中にすると、風間は本来の目的地に向かう。目的を優先して進める足元には、どの道よりも太くきらめくライン。

――目的地が最良の道とはな! これが俺の生き方なわけか! まぁ戻っても俺にとって何もいいことはないかもな……思ったより時間をくってる! 少し急ぐか。

 風間走りながら感じる能力の特性。それは一時期の興奮を生む。

『なんだこの溢れるような力は!? ハハハ! これはいい! だが俺の欲しい力じゃない! 必要なのは頼りになる、相棒だ!!』

 森林深く獣道を迷いなく走り抜ける、風間の視界に開いた空間。獣道から人の道。開けた道の先にそびえるペンション。
 電線の届いていない建物に自家発電と思われる室内の照明。風間は特定の周波数に合わせたトランシーバーを用い、何度も呼び掛ける。それは相手にとって、特定が簡単な周波数だったのか、誰とも確認することなく、名前を口にする。

【「田崎タサキ」です! 風間さんですか?】

『あぁ……』

【帰国中に寄ると連絡あった時は、来るのは明日かと思ってました! 要件は「ルーア」ですよね?】

『予定が変わってな……まだ元気かい』

【そうでもないですね……もう12歳ですし普通は寿命が近い歳ですね……今ペンションに近いですか?】

『今ペンション前に来てる。ルーアに会えるか?』

【わかりました! すぐ出ます!】

 田崎は窓から風間を確認すると、すぐに玄関から南京錠の鍵の束を片手に、風間へ近付く。

『お久しぶりです!』

『ああ、久しぶり……俺に近づき過ぎないでくれ……最近変な菌に感染したかもしれん』

『あ! そうなんですか……私が引退した理由の一つでもあります……失礼ですがマスクを着用させていただきます』

『あぁスマン……案内してくれるか』

 普段から備えているような包装されたマスクをポシェットから取り出し装着する昔の傭兵仲間。引退の理由は様々。戦地から無事に帰る度に、戦場に二度と踏 み入れない仲間。周りの傭兵仲間へ次々に続発する感染の恐怖が引退の理由だった田崎。第二の人生は人里から離れ孤独を愛する選択。
 一定の距離を保ちながら、田崎から主に話す昔ばなしと案内により山道を進むと、大きな山小屋が見える。

『ルーアが馴染んだ人は風間さんだけですね』

『そうか……あいつは俺の行動を察するのが早かった』

 山小屋の南京錠を開錠する田崎。

『たまには外に出してるのか?』

『体調が悪くて動こうとしないですね』

 山小屋の中からは、何頭もの犬や猛獣と想像出来そうな、高い鳴き声に太い鳴き声。

『この中で死にそうな奴はいるか』

『ルーアくらいですね……ただ菌があるのなら入るのは……』

『安心しろ……そういう類いじゃない……』

 風間は意識して常に田崎と距離を空けている。距離を空ける理由から想像するものは、必要以上の警戒か。その後の田崎に待ち受ける可能性なのか。

『すまないがルーアの鍵を下に落としてくれ……』

 田崎は不安になりながらも、自分への気遣いと、昔から無駄な嘘を言わない風間への信頼から、丁寧に鍵を地面へ置く。

『お前は立派な訓練士だ……生かしてくれてありがとな』

 尊敬する風間からの称賛にはにかむ田崎。狩猟用四肢動物の訓練で主に生計を立てていた田崎は、風間から一頭預かっていた。
 風間が中に入ると同時に響く独特の鳴き声。鳥のようでもあり甲高く、それは風間に向けて鳴いた声である。視覚より聴覚で目的の檻に近付く。

『間に合ったな……お前は最高の相棒だ』

 そこにはやせ細ったメスのチーター。




『ルーア……もう一度走り回ってみろ』

 風間はルーアの檻を開ける。ルーアは風間に近付き、体を風間にすり合わせる。

『ぅう……ぐぅ……ハハハ……やはり人間だけじゃなかったようだな! 能力の移動は! ハハハハハー!』

 身体から何か放射されたような気分。その理解を超える能力者共通の脱力感。頭でわかっている風間は、容易に踏ん張る目眩の中、弱っていたルーアは目覚めた様に横たわる事の無意味を感じる。ゆっくり立ち上がる姿には、直前の有様を忘れさせるほどに。

『あ〜ハッハハハハー!! 行くぞ! ルーア!』

 離れたところからルーアの立ち上がりに驚く田崎ではあったが、立ち上がれた理由と、健康状態に慎重な言葉を投げる。

『風間さん! いきなり外に出すのはまずいです!』

 微かに悩んでいた風間の思考、それはイメージするコインの表裏。投げた時点で見える結果。風間の想像するコイン。それは両面が表。風間は想像のコインを投げた。

『ルーア……あいつはお前をずっと診てくれた素晴らしい男だ……殺せるか?』

 指を刺す風間の指示を察するルーア。甲高い声を上げ田崎に体を向ける。意味するものは風間への忠誠心。風間の意思に悩む必要を持たない忠誠心。

『そ、そんな……うわあああああ!』

 ドアノブを握る汗ばんだ右手。
 チーターは四肢動物最速の生物であり、2秒で時速70キロメートルに達し、最高時速150キロメートル以上となる。意識しなければ目に止まらないスピードは能力の開花。田崎の判断する1秒は永すぎた。




『ぐわあああああああぁぁ!!』

 目線が追いつく前に足に食いつく牙。倒れる体に護れない首。遊ばないルーアの執拗。動かなくなる半死半生。

『が……ぐぁ……ぐぁ……』

 風間の想像するコインを投げた時点で、予想していた結果。ルーアが待つ風間の挙動。

『いいぞ……喰って』

『が……が……がぁぁぁぁああ』

 体中に力がみなぎる残酷。満たされるまで喰らう餓え。風間は他の動物の檻を開ける。意味するものは、不審に思われることを防ぐ、田崎に起きた不幸な結果。見つからない不審者とその相棒はヘリコプターに向かい、ひとつの目的を果たした。





【羨望の目覚め】





『僕でいいんですか?』

 森林からの脱出の際に、ハルと清正を乗せた操縦士、「下村シモムラ」が盛清に尋ねる。

『あぁ、さっきの気絶させられた理由が更にハッキリわかる方がよいじゃろ?』

『あの……また殴られたりしませんか?』

『清正はこの通りじゃ……さっき行った場所に行く必要がある』

 下村は訳もなく殴られ、清正からの謝罪を受けた後の再飛行に、渋々とした雰囲気を出しながらも、断る理由もなく、医療設備を積んだヘリコプターで盛清と清正との三人で搭乗し上昇する。
 清正は目的地の緯度と経度、着陸許可を貰うタイミングを下村に説明。その話す物腰には同じ暴力を興さない意思表示のように、柔らかい言葉遣い。

『わかりました清正さん! 最短で向かいます! 体を休めていて下さい!』

『ああ……すまないが休ませてもらうよ』

 和解できたことで安心する下村。丁寧に傷口の処置をする盛清に、これからの出来事を尋ねる清正。

『俺に能力を戻す考えですよね……』

『あの青年よりいいじゃろ』

『けれど……俺はあの能力が欲しいとは思いません』

 能力に振り回された一日。持っていなければやってこない災い。簡単に返事をしてくる盛清に、自分の心の声を伝える清正。なだめるように語る盛清だが、自分の意見を通したい清正。

『彼が目を覚まさないならお前が頼りじゃ……そして春枝はお前の状態をまだ知らん! 何とかせねば』

『けど……その後はどうするんですか? 能力が戻っても俺は風間に勝てるとは思えません! 仮に足が負傷していなくても、奴のあざとさは現役の傭兵ならではの躊躇ない判断……父さんは、どうしたいんですか』

『勝ち負けではないんじゃ、能力者が近くにおらんと……』

『何か……能力に関して俺が知らない事は……ありませんか?』

『清正……お前は優しい心の持ち主だ。だがその優しさを偏らせてしまうと、裏を返せば狂気となる。特に母親を早くに無くした春枝に対する愛情が強いばかり に、他の全てを敵に、そして隙を与えかねん。知っての通り、近隣の国で、今にも戦争が始まろうとしとる。加速する社会主義が、自国の力、権力を誇示するた めに……次第に増える傭兵業はそんな社会への不安を払拭するため適応しようと始める者も多い。能力は平和を守る為の鍵じゃ……そのためには能力者は近くに おらんと駄目なんじゃ』

『俺達の能力が平和? とてもそうには思えません!! あの能力のおかげで常に追われ!! 危ない橋をわたる!!』

『そうじゃな……能力を使いこなし、とても優秀じゃ』

『優秀!? そんな言葉の為の能力などないほうがいいです!! なければハルにもっと普通な生活をさせられた!!』

 普段は盛清を尊敬し反論を見せない清正。自分に起きた出来事をハルにまで味わせてしまう恐怖。盛清の中で留めている計画と、策略のはっきりしない行動に興奮が混じる愚痴。

『俺はもうこんな環境は懲り懲りです……父さんが! 先祖の名残を残したいっていう気持ちはわかります! だが俺とハルは……望んでない……』

『気持ちは良くわかった! そのわだかまりを払拭する為に! 常に今行動しとるんじゃ』

『何か起こるんですか?』

『場合によるわぃ……』

 歯切れの悪い返答。中途半端な言葉より多くの言葉を語り、お互いにある事情の片鱗を伝え合い、清正は心のわだかまりを妥協し、盛清は展開次第で変わる未 来へと話を進める。話したいことは沢山ありそうな清正。その口火を切っても納得させることが出来ないような予感。無言のまま目的地に近づくと、下村が近況 を伝えてくる。

『もうすぐ到着します。着陸許可貰いました』

 清正の誘導の助けにより見えてきた船。ヘリコプターは待ち構えていた船員の誘導により、ゆっくり降下する。外には下村の手配により、清正用の車椅子が用意されているのが見える。

『わ、私はここで待機しております! れ、連絡頂ければすぐ離陸準備致します!』

 慌てるように伝える下村。盛清は辺りを見回すと、船内に入る入口近くの旗用のポース周辺に、生々しい血痕が残っている。

――下村はあれをみたんじゃな……。

 清正の乗る車椅子を船員が押し、遼の居る病室に向かう。廊下の先からは、ゆっくり近づき現れる皐月の姿がある。

『あっ、盛清さん! ご無沙汰しております! こちらの方は……』

 気の晴れていない清正は、誰にも目を合わさずに、力なく車椅子へ深く腰を沈めている。

『清正じゃ』

『え!! 盛清さんとのご関係は……』

『すまん、適当な事を言ったが……わしの息子じゃ』

『あ! そうですか! わかりました……お察しします……この怪我は新しいのでは?』

 適切に処置をされていそうな包帯の巻き方。その下から滲む朱。医師である皐月は当たり前のように尋ねる。

『さっき……風間にやられたんじゃ』

『え!! じゃあここを去ってすぐに……なぜ?』

 盛清は、事情を隠すことが先々良い結果になるとも思えず、協力を得るためにも、事情を語りだす。

『清正の能力を奪われたんじゃ』

『そ……そうですか……では今、彼が能力を……』

『今、改めて清正に能力を戻そうと思いやって来たんじゃよ』

『お断りします!』

 力なく目を背けていた清正は、盛清の言葉に自分の譲れない部分を反感の意で返す。納得させたい盛清だが、声を大きく、まるで聞き分けのない子供に叱りつけるように叱咤する。

『清正!! 必要な事なんじゃ!! 今はそれどころじゃないんじゃ!!』

 それでも理由の詳細をハッキリさせない盛清に、まだ説得の余地も感じる空気感。ハルを大事にする気持ちをおす。

『もう……俺と……ハルを巻き込まないでくれ! う゛っ……』

『ま、まずはもう一度傷の手当をしましょう!』

 こらえていても声に出てしまうほどの激痛。それを察して口を挟む皐月。親子の水掛け論に一先ず怪我の治療という理由を間に入れて言葉の投げ合いは休戦する。

『すまない……頼む』

『彼は……あの病室かい』

『はい』

『会いに行ってよいかな』

『どうぞ。父が居ます』

 病室に入る盛清。香山との対面は、一見戸惑い、見定めるであろう風体は、顔を繊細な金具と包帯により人相不明な状態。

『か、香山……』

『もりきゅょすぁん……おふぃさすぃぶりぃでぇす(盛清さん……お久しぶりです)』

『大変な目にあったんじゃな……』

『……(あっはっは……これは皐月にやられました)……』

 ヘリポートの血痕や香山の被害。娘からの悪意なき暴力の結果。悲劇のいきさつを頭でまとめる盛清。

『能力が何度も入れ代わったんじゃな!』

『……(はぃ……田村という傭兵は無意識の彼にやられまして、他船員三名が田村と彼により)……』

 すでに限界とも言える状況だったと察した盛清は、清正に連絡をしようと考える理由が自然と納得できる。それは悪意ではなく、危険を承知で、無事な形で遼と引き合わすために。

『そうか……ところで彼、遼は?』

『……(遼と言うんですね。身内ですか?)……』

『いや、昨日の朝初めて会話したばかりじゃ』

『……(そうですか。彼は昏睡から覚めません)……』

『少し診てもいいか』

『……(どうぞ)……』

 盛清は遼の体中眺め、触診する。盛清も関心するほど完璧に治療され、縫合され、理由を考える歯に矯正器具まで付けられた有様。昨夜に携帯電話で会話したあとから今までの悲劇が想像できる。

『遼は、外傷や出血と言うより……精神的なものかもしれんな』

『……(私どもには、出血多量が原因としか)……』

『遼は一日で自分に起こりえない事ばかり体験した。目覚める事を拒否し、永い夢をみとるかもな』

 盛清は遼の頭側に立ち、耳元で囁く。それは優しく、時折命令的に、遼の右手がゆっくり上がる。右手を下げると左手が上がる。言葉の効力。遼の反応で効き目を確認するかのように。それは明らかに目を覚ます事が可能な状態。自分の力で筋肉をつかい起き上がる事もできる期待。

『……(催眠術……ですか…)……』

『あぁ……そんなもんじゃ』

 遼の耳元で小声で囁き続ける。訛りを入れない盛清の言葉。すでに盛清の言葉を「聞く姿勢」が完了している遼の体に、深層心理にまで響かせる。とても素直に、夢ならば物語を変えるきっかけとして。

『遼や……見えてくる。今の居場所から抜け出すきっかけが。人か羽ばたく鳥か。認識できる。自由への光が』

 盛清は遼を眺め、反応を見る。まつげの震えは夢を見ているであろう浅い眠り。自分を認識する理由と出口が見えた時に戻る意識。

『反応はしておる。もう少し様子を見よう』

『……(どこで習ったんですか? 相変わらず私は脱帽感でいっぱいになります)……』

『先祖がこういうこと好きな医者でなぁ。はっはっは』

 笑い声が廊下まで響いたと同時に、簡単なドアのノックですぐ入室してくる皐月。手当をした清正の車椅子を押し、共用ベッドがある病室にやって来る。

『手当終わりました』

 遼と香山を見る清正。軽い会釈に言葉は零さず、皐月の誘導するベッドに自分から乗り上がり、固い顔で静かに仰向けに横になる。

『……(盛清さんも少し休んで下さい。医務室でお茶でも飲まれて下さい)……』

『すまんがそうさせてもらうかの』

 医務室に向かう香山と盛清。皐月は病室に残り二人の様子を見る。顔を背けて横になる清正に対し、硬直した空気を少しでもほぐすように、言葉を掛ける。

『清正さんはずっとあの能力を持ってたんですか?』

『はい……生まれた時から……』

 皐月の策略ない素朴な質問に素直な答え。

『そうですか……じゃあ盛清さんもなんですね』

 自然な読みに自然な会話。反抗期に似たような父親への態度と、どこまで知られて良いかという会話のバランスを表現するように、清正は苦い顔をしている。少しの無言に答えを察した皐月も、その言葉に慎重とされないような心情を伝える。

『気にしないで下さい! 私……今日偶然彼から能力が移って……危うくお父さんを殺してしまうところで……私……この能力のために、船の船員全員を殺める事を強く考えたんです』

 お互い能力が無くなった事への安堵感からか、特殊を体験し、普通となった二人は、気持ちを共有出来ている理解者にも感じ、清正は皐月の方に顔を向け、真剣に聴き入る。皐月は遼の頭を支えじっと見つめて語る。

『私は元々死期がなく、たまたま乗り合わせた人に死期を造られた。これって自然じゃないわよね! この子は私と同じ形で能力者に?』

『いや、昨日のうちにどこかで死ぬはずだったと想像している。能力者による殺意の死期は関係ないはずだ』

 遼に対して羨望を感じる眼差し。静かに眠る姿の遼と清正に語る。

『その方が自然よね! あなたのような形で普通じゃない能力が入るなら、今のこの状態でも羨ましく思えちゃいます』

 遼の頭を撫でながら笑顔で語る皐月。

『おかしい女だと鼻で笑って下さい! 私はこの子が、今まで平凡な私の日々に突然現れて、非日常な出来事があるって教えてくれた大切な存在なんです。…… ちょっと大袈裟に言いましたね! 羨ましいだけです! 結局私は能力に魅了し過ぎて、心まで人間であることを忘れた。私には誰かの為に能力を使う勇気も運 命もない……だから……私はあなたになりたい』

――僕の笑顔だ……僕の……いや……ハル? 僕は自由な鳥……鳥? 誰? あなたは誰?

 皐月は遼と目が合う。

『あ! 目が……醒めた?』

『あ、あなたは……誰……くっ……誰、です……か』

 清正も上半身を起き上がらせる。

『め! 目覚めたか!』

 遼の言葉を確認したと同時に、香山と盛清の控える医務室に向かって駆けつける。すぐに響く皐月の足音は耳に入った。

『あの……ここは……』

『まだ寝ていろ!』

『あなたは……本屋にいた……あの……ハル……って言う女性が一緒で……あっ! 体中が……痛い……』

『ゆっくり目を覚ませ! まだ何も考えるな!』

 戻ってくる重複する足音。盛清と香山の笑顔と不安。

『おお……目覚めたか!』

『……(凄いですね。あの囁きだけでこんな効果が)……』

 遼の目の前にある椅子に座る盛清。そして意識を確認するように、わかりやすい言葉をかける。

『君は自分の名前はわかるかい?』

『水谷……遼……あなたは……本屋の!』

『おお……記憶はしっかりしてるようじゃな!』

『僕は……ハルといて……色んな人に追われて……夢じゃなかったんですね……はぁ……水が飲みたい……』

 皐月は手早く吸飲みで水を与える。

『ふぅ……う……うう気分が……吐き気……が』

 遼は少し起き上がり、手際よく皐月は洗面器を用意する。

『オェ!! ゴホッ! ゴボッ!』

 胃の残留物を吐き出す遼。誰もが想像しなかった物体。いち早く理解したのは香山。それを一番理解したくないのは吐き出した本人。

『ぐふぅ! えっ!? 僕は一体……何を食べた! 何を! 何を! 何を食べたんだー!! うあああああー!!!!』

 意識がなくなりそうな勢いで叫ぶ遼。認めたくない物体。理由も知りたくない驚嘆。
 そこには溶けきれなかった髪の毛に、肉片が残っていた。





【隠然者】





『こんな顔にしやがって!! これが笑顔で市民を守る顔か? おい!! お前どうだ!? こんな顔に守って欲しいか!?』

 鈴村はガーゼを少しめくり、学生に向かって怒鳴りながら見せる。言葉に迷う学生は、色んな意味を含めた謝罪。

『すいません……すいません……』

『お前は正直だぁ! そうなんだよ!! 違うんだよなぁ!! この顔じゃ正義語れないんだよ!!』

 周りの反応に敏感すぎるほどの挙動に、考えをしまい込むことの出来ない精神状態。全てに開き直り、後にも退けない状況に、更なる興奮と憂い。傍観するハ ルは、安い感情に単純な理由を想像。隙と時間の勝負。なるべくなら警官隊による突入により、目立たない自分を理想と考える。

――自分の顔を鏡で見て愕然した結果か? 単純な遼への復讐。

『あのやろう!! 俺をここに呼んでおいて、なんで現れねえ!!』

――あのやろう? 誰? ……鈴村をここに導いた。

『くそぅ……なんで俺は来ちまったんだ……』

――鈴村を抑えるのは簡単。けれど私が目立ち過ぎる。そのうち機動隊も踏み込むね。

 動けない学生。隙をうかがうハル。その中心にいる鈴村から携帯電話の着信音が響く。

『ぁあ!?』

 苛立ちながら鈴村は電話にでる。

『おぃ……てめえ!! こんな目に合わせやがってえ!! 何!? そうか……わかった……』

――鈴村をここに招いた者。この状況で? 私の緊張が増す。狙いは……私ね。この男に私はやられない。けれどこの緊張は? 変にプレッシャーが強い……簡単じゃないってこと? 誰が私の存在を知ってるの?

 体に迫ってくるような緊張感。いつもと違い、慣れた緊張感ではないと感じるハル。鈴村は辺りを見回す。そして赤い髪に革ジャンを着たハルが目印のように目が止まる。

――くるね。

 握り直す拳銃。威圧的な目つき。きっと今まで犯罪者を相手に戦ってきた鈴村。犯罪者との違いを見せない態度。犯罪者らしいレッテルを自らに貼付けた覚悟の威嚇。近付く度に蹴り飛ばす椅子。

『お前……水谷の居所知ってんだろ……わかんだよ!! 俺には!! お前、俺と目が合う瞬間、目を避けなかっただろ? この状況で……避けるよな? 普通』

 ハルを見つけた目印は、犯罪者側からみた人質の態度である視線の違いと言わんばかりの、偶察力の見極めを語る鈴村は、更に急接近する。

『えっ! そんな……誰の事ですか? 知らないですよ!』

 ハルの視界。それは鈴村の背景に見えるガラスの壁。キャンパスが一望できるガラスの壁。まばたきしたかどうかの瞬間だった。ハルが見つめる鈴村の背景に見える食堂のガラスにヒビ。一点より広がったヒビ。それと同時に鈴村の顔は固まる。

『は!? あ……』

 鈴村の目線は前から上に。体は前から下に。ハルに被さるように倒れる鈴村。

――狙撃手! あれは警官隊!? はぁ! そ、そんな……。

 能力がまるで広がるように抜ける感覚を、再び味わうハル。すでに経験した感覚。意識を強く持っていないと、無意識に陥る心の葛藤。

『あぁ! あああー!!』

『君! 逃げるんだ! 今なら逃げられるよ!』

 気を確かに持とうと、声を上げながら耐えるハルに、恐怖で怯えていると感じた学生が、ハルを助けようとする。

――くぅ……このままじゃ! 鈴村に死なれる!!

 待機していた機動隊が突入。ハルにとって面倒な事態。刹那の優先順位は、逃亡か、鈴村か、能力か。

『皆! すぐ避難して下さい! 君も!』

 この事態に立ち上がろうとしないハルに対して、理解と情報を与える機動隊員。

『鈴村が君に近付いたら、すぐに銃撃できるという連絡があった! 突然の事で動揺する気持ちはわかるが、今は立ち上がりなさい! 早く!』

――誰!! 誰かが通報! 私の能力を知ってる!? なら……。

 ハルを助けようと体を支える学生。鈴村の確保に動こうとする機動隊。ハルは学生を跳ね退け、その行動に警戒する機動隊員。学食に銃声が響く。

『動くなー!! そしてこの食堂から出る人間は撃つ!!』

 ハルの行動に空気が止まる。そして一人逃げようとする。逃げようとする男子学生が触るドア。逃げられるとふんで、外に近づこうとした一歩。学生は、突然割れるドアガラスに頭を抱えて座り込む。

『おい! てめー!! 逃げるなって言っただろー!!』

 発砲して怒鳴るハルに、機動隊員は慎重に話し出す。

『君は……鈴村の……仲間? か!?』

『そうなら……どうだっていうんだ!! お前は下がれー!!』

 まだ意識のある鈴村は、態勢を変え、仰向けになり困惑しながらハルを見る。

『はぁ……はぁ……畜生! 仲間だと!?』

『お前らあっちに固まれ!! 学生は向こうだ!!』

 ハルの指示により、機動隊が部屋の隅に固まり、学生も一カ所に集める。

――最悪な展開……けど、今こいつに死なれたら能力が!

 ハルは学生に拳銃を向けながら、機動隊員に尋ねる。

『おまえらの中にこいつの応急処置できるやつはいるか!!』

『いや、居たとしても、医療道具がない』

『医療班から一人呼べ!! ここで処置しろ! 早くしろ!!』

 機動隊から見て、狙いの解らない暴挙。完全包囲の中、要求する救命。人質も多数。断る理由や駆け引きの理由も見えない機動隊は、無線で連絡する。

『おいお前! 無線と銃集めろ! 装備も脱げ! そこに集めろ!』

 ハルは学生のひとりを指名。言われるがままに、申し訳なさそうにも重い装備を集めては、ハルから見える食堂の真ん中に積んでいく。隙を見せないように凝視するハル。ハルのカンに障らないように迅速に労働する学生。

――こいつの死期が消えても……また私は手首撃つの!? まじ……勘弁!!!!

 食堂の外に現れる非武装員。食堂の様子を眺め、装備の山に、占拠されたと理解する医療班。ハルの手招きと誘導により、慎重に近寄る。

『最善尽くせ! 死なすなよ』

『わ、わかりました……処置、始めます』

――誰が私の事を……はめられた!?

『う……くそ……元々、町田から……水谷を尾行する話がきた時から、おかしくなったんだ……』

『え!?』

 ハルの緊迫状況の最中、山脈の上をヘリコプターで移動中の風間は、ルーアと次の狩りをするべく行動する。




     ◆◆◆




『ああ……そうかい……わかった……』

 誰かと連絡を終えた風間は、携帯電話を胸にしまう。

『ルーア……次の目的地が決まった。楽しい戦場にしなきゃなあ』

 ルーアを眺める風間。思い出すのは、日増ししてきた傭兵業。慣れない日々は勘が狂う時もある。経験の浅かった日々、頼りだったルーアという「男」の存 在。相棒と呼べる戦友の少なさ。生き残る為には必要な、背中を任せられる相棒。利害関係もない。裏切りもない。諦めていたルーアの存在。想いを込めてルー アを撫でる。

『あっはっはぁ! またお前と戦えると思わなかったぜ! 今日は死ぬにはいい日だ! お前の名前の由来[Lua・Butlerルーアバトラー]。ルー ア……お前は俺が10年以上前、傭兵として駆り出していた時の、最初の相棒の名だ。そいつの飼っていたチーターの子供がお前だ。お前の親は、その時の俺よ りルーア・バトラーの頼りになる相棒。お前の親はお前を産んですぐに死んだ。ルーア・バトラーから名前を、お前の親からは裏切らない魂を、お前は受け継い だんだ』

 ルーアはじっと風間の目を見る。

『昨日……戦争犯罪人の罪を司法取引成立で生かされるはずだった。だが、ヘリコプターの爆発により発動した無意識の怪物。俺の声も届かなかった……お前なら能力を使いこなして生きて行けるだろう』

 風間のそばで育ったルーア。ルーアにとっても、風間は唯一の家族。相棒の名を付けるほどの愛着と信用。その空気をお互い共有している深い絆。大きい仕事には必要な、信用できる背後の目。

――しかし俺の雇い主は何を考えてる。顔も名前もしらんが、前払いの額がデカすぎる。清正の事を狙った矢先、あのガキの拉致を優先。失敗後、再び清正 を……今度は能力を手に入れてから……次の地点。その後、最後の目的地で……何が起こる? 報酬に合わすなら、今からが勝負だな。

風間は興奮と与えられた環境に自分を交錯させるため、次の目的地に急ぐ。





【駆け引き】





 ほんの数分、皐月を病室に残して車椅子に乗った清正と香山と盛清は退室した。取り乱した遼をなだめるように、落ち着かせるための配慮。落ち着いたところ を見計らって、病室に再び入室する三人。遼を中心に、掛ける言葉も見つからず、数時間前の凄惨な出来事を物語るような、消化しきれなかった異物。遼は意識 のない時の自分にある不相応な能力に落胆する。想像や自問自答を繰り返す退屈な生活。一日経った今は、すでに場違いな世界へと放り込まれ、自分が人間なの か、すでに支配された化け物なのか、平穏だった夢と現実は、もう過去のものだと受け入れようとも考える。言葉に出さないと耐えられない憤り。

『そうか……ハハハ……もう驚かない……また現れたんですね、無意識の化け物が……どおりで歯が何本か矯正されてる……アハハ……食べたんだ……僕が!? どうして!? ありえないよ……全て……全て……あんたのせいだろう!!』

 遼は盛清に指をさして怒鳴る。眉一つ動かさない静かな目で見る盛清をかばうように、皐月が遼の肩に触れながら語る。

『今日は……あなたの能力を巡って、昏睡中何度か能力が入れ代わって、その最中の事故だったのよ……』

『そ! そんなの……そんなのないよ……』

『いや……皐月さん……いいんじゃ。そうじゃ! 君を利用した……わしの都合じゃ』

 これ以上言葉が出ず、顔を布団に埋め、ふさぎ込む遼。想像できる心境。納得がいかない。おそらくは、どうして僕が。何故選んだ。盛清が投げたコインのか たよりは、自分だったのかと。吐き出したい言葉は沢山あった。けれど全ては過去の出来事。解釈の難しい自分の状況。戻れない昨日。まわりは何と声を掛け る。僕は弱ってるよと。気持ちをわかってくれよと。弱くなる心。けれど開き直りたい自分。理由がいる。これから待ち受ける出来事は何か。遼の耳が捉えた言 葉は、冷たくもあり、無視も出来ない、弱くなる自分の歯止めになる可能性。

『すまんが、今、君の感傷に合わせられんのじゃ』

 遼にとって耳が痛くなる他者の都合。ふさぎ込みそうな心でも頭に入るその理由。

『今、春枝は、君の尻拭いに向かっとる』

 顔を上げる遼。名前から連想できたのはハルの事。明らかに自分の原因かもと、聞かずにはいられない夢見る前の戦友。

『ハ! ハルが!?』

『父さん! どういう事ですか!?』

『昨日刑事二人とやり合ったじゃろ。一人がな……おそらく君を捜しに……何が起きたのか、君の大学で人質をとり、立て篭もっとる。春枝はそれを抑えに向かった。君に助けられた借りを返すためじゃ』

『い! 今の状況とかは!?』

 清正がテレビに振り向くと、その様子を察した皐月は、足早に部屋の隅にあるテレビをつける。

『ニュースは……あ! これです!』

【……以前立て篭もる鈴村容疑者と、後ほどに発覚しました20代前半。赤い髪の色と革のジャンパーを着た、仲間と思われる女性は、踏み込んだ機動隊を含め人質を捕り……】

 清正にある余裕のない感情。自分を中心に、周りにありそうなものを探すように見回す。その顔は選択をしない父親の表情。探しているものは、動くための体。

『メスかハサミをくれ!!』

『え!?』

『すぐに俺の死期をつくる! 父さんの言う通りこいつの感傷に付き合う時間はない!!』

 清正は遼を睨みながら怒鳴るように叫ぶ。その遼も、目を離せず、空気が硬直した中、突然、船の外でヘリコプターが舞う音。
 何者が現れたかとその場にいる者が思案する中、機関銃で銃撃しているような連続した音。するとすぐに盛清の携帯電話が鳴る。

『下村か! なんじゃ!』

【い、今!! 未確認のヘリコプターが現れ! こちらのヘリコプターが銃撃されてます!! 何か……何かが飛び降り……船内に入りました!!】

『なんじゃと!!』

【わ!! あああ!! ヘリが!! …………】

 音信不通となる連絡。下村が待機していたヘリコプターで何者かが現れたことで、病室にいる者に伝える盛清。

『な……何かがくる!』

 盛清は、響く廊下の反響からか、気配を感じる。静かだが、着実に近づく目的を持った何か。気配の速度に感じる恐怖。足止めをしたい衝動。

『ドアに鍵を閉めるんじゃ!!』

 気配を具現化したい。何者か、何物か。ドアに近付く皐月。すでに遅すぎる行動。けれど変わらない。鍵を閉めても、きっと無意味だったと思えるほど、吹き飛ぶ病室のドア。そしてほぼ同時に、意識がそれるほどの船の外からの爆発音。

『なんだ!?』

 目の前の確認が遅れるほど連続する心の衝撃。爆発音より冷静に視界に入るものを理解する盛清。

『恐らく、ヘリが爆破されたんじゃ……それより……こいつが厄介じゃ』

 身動きを取らせないように、唸りながら、目を光らせるもの。それでいて、説得が不可能な相手。その威嚇の声は甲高く、立ちはだかる者を凍りつかせるほど永い威嚇。老体年齢で全盛期以上の堂(物事の習熟を究めた)に入ったチーターであるルーア。

『キャアーー!!』

 叫ぶ皐月程度では微動だにしないルーア。派手に現れた底知れない力に、清正は思うことを呟く。

『こいつは……能力者か?』

『下手に刺激せん事じゃ……まず先手は討てんじゃろ』

 ルーアは動こうとはしない。硬直状態が続く。言葉の無意味。下手に口を動かす気もおきない永い硬直状態に、近付く足音。各々の思考。期待、不安、警戒、混乱、「待望」。

『よお、待たせたかな』

『か、風間ぁぁあーー!!』

 溢れる怒り。動けない両足の負傷でも、目の前に立ちはだかりたい清正。挙動の度に殺気が増すルーア。

『おっと……動かない方がいいぜ。俺の相棒……俺を、守るからよ』

 ゆっくりと清正に近づき、風間と清正の前で腕を広げる盛清。

『何が狙いじゃ』

『誰だ? まあいい。清正、俺はこれからも傭兵生活だ……そのために俺も能力あったほうがいいだろ』

 風間を知る香山から見れば、感情の篭ってない理由。

――妙に気のない言い方だな。

――こやつ!!

 香山と盛清は風間の思考を勘繰る。目的は戦場の為か。遼の身柄確保か。この後はどうなるか。流れに任せるか。次に風間が発する言葉。それは予想を裏切らず、遼に向けられる。

『おい、お前……歩く事くらい出来るだろ。俺のところまでこい』

 遼は真っ直ぐ風間を見る。目線は風間に。しかし遼が見ているものはフェム。ずっとハルに護られてきた。死を直面した。いつもなら混乱。取り乱し、周りに言葉を求める。能力の緊張はある。だが心は幾分静か。

――フェムは風間さんに続いている……行くべきだ……けれど『お断りします』

 遼を知っている分、驚いたのは盛清と清正。なぜ、君からそんな言葉が出るのかと。想像を裏切る明らかな拒否。気になる風間の反応。当たり前な言葉が風間から零れる。

『ハッ……なんだと? ハハハ……坊や……怒らせない方がいいぜ』

『なら……僕を殺してもらって構いません。きっとまだ死期のない皆さんでも、あなたが本気で殺す気なら、簡単に終わらすことができるでしょう。 けれど……』

『動くなぁ!!』

 会話の最中、突然、病室の外からの警告。遼からの予想しなかった言葉を遮るのは、廊下から拳銃を構える、全身がびしょ濡れの下村。下村から見れば、警告通り、誰も動いていない気がした。

『やめろ!!』

 風間の声は下村に対してではない。引けた腰で拳銃を構える下村の横に、すでに口を開いたルーアが、首を噛みつける寸前の態勢。



『はぁぁっ!!』

 一瞬で消える戦意。勇気だった。普段見せない決断。非常事態の判断。その非常事態を越えた、拳銃では敵わない次元。意思か無意識か。恐怖は見えない重力。自然と腰が落ちる。風間の声に救われた下村。

『見ての通りだ……こいつの速さに勝る者はこの世にいない。死期があろうがなかろうが即死は免れねえ』

 納得のいく現実。「元」能力者達ほど理解出来る、四肢動物の脅威。力では争えない事実。
 「力」、この場での意味は能力者。「能力」、その根源の意味は偶察力。

『そうですね……ただあなたは、僕に死なれても都合悪いですよね』

 力を行使する挑発まではいかない。有無も言わず連れ去るまで踏み込めない。「大人げない」事に踏み込めない、絶妙な空気感。それは逆にカンに障る場合もある。

『このガキが……駆け引きに乗るとでも……』

 言葉を間違えるなと、そこまで言うならと、力で抑える理由がいる、言えないバランス。風間の口から出た言葉。同じ土俵にいると認めた言葉。それは「駆け引き」という言葉。

『誤解しないで下さい! 僕はこの能力が欲しいと思いません。すぐに差し上げたいです……ただ……まだ僕のやり残した事が終わってません』

 理由を聞く必要があるのか。理由次第で目的が変わるものか。だが、無視出来るか。同じ土俵。それは認めている。野暮な行動は、心の筋肉が弱る。器の見せ 所なのか、風間は気付かなかった。自分が遼の言葉に耳を傾ける、「聞く姿勢」が出来てしまった事に。会話の成立。それなら返す。自然に、普通に。

『なんだ』

 聞く姿勢の完成。心へ届かすアプローチから、プレゼンテーション。重ねる言葉は幸福への階段か、ただの戯れ事か。

『昨日……僕は二人の警官とやり合い、負傷させました……その一人が僕に遭うため、僕が通う大学で、なぜか人質をとり、立て篭もったようです……その尻拭 いにハルという女性が向かいました。状況はわかりません。僕が助けに行っても役に立たないでしょう……けれどあなたなら、治めることは、きっと造作もない 事ですよね』

 核心が見える。狙いがわかった。余計な労働。余計な手間。ここまで引き延ばした会話の果てに、楽しめる戦場を連想させて、良い条件があれば話に乗りたい。理由次第で。可能性は薄い。言葉を投げ合う魅力的な味は、早過ぎる賞味期限。

『そんな面倒な事に俺が付き合うとでも思ったか?』

 味は薄くなった。味わう事が面倒臭い。もう終わり。わかったはずだ。俺が動く理由にならないと。それは風間の思考。そして、用事を終わらそうとする間際。

『僕が昏睡の最中、能力の移動があったと聞きました。昏睡のような仮死状態なら能力の移動は可能という事です! あなたは死期を無理矢理作らなくても、一時的に薬などで仮死状態を作れば手に入るでしょう』

 終わりに見えた、言葉の魅力。目的の安全性。風間の安全。一方的でない取引。安全な目的の為に労働。万全じゃない隙がある。

『俺の仮死中に何かされちゃあたまんねえぜ』

 想像できる風間の思考。自分の仮死状態。無意識の中、起きる保障がない。約束を守る絆がない。信用がない。こいつの性格はわからない。いつもこうなら危険。手練手管はお手の物か。怪しさが増す。断ろう。普通に、力で、相棒で。

『あなたの相棒がそうはさせないでしょう……僕は今……あなたに遭えて幸運です』

 保障が出来た。確実な。力の利用方法は、風間の番人。本来の役目。自分に遭えた幸運。誉められた暴挙。目的(ハル)と安全(相棒)と保障(能力)。自然な笑みは、幸福な道標の完成。

『は……! はっはっはっはぁ! こりゃあいい! 気に入ったぜ!! いいだろう! 香山さんよ! 帰るまでに準備しといてくれ』

『わきゃっとぁ!(わかった)』

 包帯の上でもわかる香山の笑顔。暴力のない空間で、話し合いだけで硬直から脱した空間。ヘリポートに向かおうとする風間に後ろからついていくルーア。風間の背中から聞こえる声援。

『風間さん。ご無事に帰還されて下さい』

 口角を上げて笑みをだす風間。皐月に無事を祈られる暴漢者。雰囲気が変わる。息を意識して吸える解放。味方になった敵。誰もが想像出来なかった展開。遼 を今までと同じ目で見られなくなった盛清。出来事で、人が成長する瞬間。重ねた恐怖。重ねた痛み。重ねた弱さ。重ねた勇気。思いつきでは辿り着けない成 長。

――遼……春枝を救出するという目的の中、突然出現した風間を利用し、救出の可能性を増やしおった! わ・し・の・予・想に反して……セレンディピティを理解しおったか!? 『風間さんや、わしらも行こう』

 その声に足を止める風間。風間からすれば、遼より得体の知れない老人からの提案。

『足手まといは御免だぜ。じいさん』

 当然の拒否。譲れない提案。必要なのは、簡単な理由。二度目の駆け引きは、全てを撤回する火種。軽軽な言葉は、重さを感じさせない。

『能力のことはのぅ、生まれ持ったわしらの方が良く理解しておるわぃ! それに春枝はお前を信用せんぞ? そのためには清正も必要じゃ! 知らない小娘を説得するのは君は得意かのぅ! はっはっは』

『チッ……構わねえが……そのガキは連れてくぜ! 気が変わって逃げられちゃ敵わねえ!』

 負傷した遼。負傷した清正。能力のない盛清。元々ハルの援助救出が難しい状態だった。突然の訪問者。その暴力は、味方になると、これほど心強いものかと。躊躇ない遼の快諾。

『わかりました!』

 再びヘリポートに向かう風間。後に続くルーア。予定通りなのは、遼の確保。その一連の流れの必然性に、何かの理由を感じずにはいられない風間。

――しかし、これは偶然か? 最後の目的地がこいつと同じ大学とはな……「繋がってる」のは誰だ?

『下村はここに残るんじゃ』

『は! はい! 大型のヘリにアンカーで海に落とされ、ヘリも爆破されて、もう海に飛び込むのは懲り懲りです!』

 下村は恐ろしさを体験した弱音を素直に口にして、盛清の提案を快諾すると、清正と遼が動けるように車椅子や松葉杖を用いた補助をする。
 ヘリポートに到着する風間。邪魔だった下村の乗ったヘリコプターを海へ落として着陸スペースを確保していた。エンジンを始動させながら思案する風間。

――雇い主の指定する場所に降下して……あいつらはどうする……清正は動けねえ……一旦ヘリは預け、棄てる形となるが、小娘が残っている限り奪還は可能だろう。じいさんは……自分の身は自分で護ってもらうまでだ。

『急ぐのじゃ』

 清正は盛清に車椅子で押され、遼は下村に肩を借りながら、松葉杖を用いて、風間の大型ヘリコプターに乗り込む。見送る香山と皐月と下村。香山は心構え る。どんなに強くても、混沌な世界でも、平和でも、自分達がいなければ、誰が彼等を治療すると、自分たちの必要性を噛み締める。能力は、医者だけは、持っ てはならない両刃だと、緊急事態ほどよくわかる。横に並ぶ皐月は、香山が今まで自分に伝えてきた言葉の意味が、身をもって理解出来た。

『皆さんのご帰還とご無事を祈ってます』

 ヘリコプターは上昇する。各々の抱える事情や理想と共に。自由か、平和か、責任か、未来か。





【先祖】





 風間の視界。船が遠くに見える。再び着陸する事になるかどうか。それもいい。そうでなくてもいい。能力の獲得は「本来の目的」に付帯しただけの副産物。最後の狙いは目的地でおきる。そのような思考。そして風間は、船に到着する前の携帯電話でのやりとりを思い出す。





     ◆◆◆





『「バード」、あんたか』

 すでに何度か会話を交わした相手。好意的ではない。固い会話は、感情を見せない意思表明。

【はい、雇い主より目的地と任務内容のお知らせです】

『約束の任務は、今日いっぱいだよな』

【はい、あと二カ所です】

『相変わらず変な偽名に「変声機」使ってまでの慎重ぶり、ご苦労様な事だ』

 固い会話。風間には物足りない。皮肉を談笑に変えられる相手でもない。秘密主義。余計な情報を与えられないバード。キャパシティー(受容力)は必要ない。不器用なほど、淡々と伝えるだけ。それが伝わるほど、余計な言葉に反応せず、要件だけを伝えてくる。

【今日待機していた船に戻り、水谷、遼を再度拉致して下さい】

 目的の計画性。再度の意味は、風間にとって失敗の意味。言い訳はしない。安い言い訳は、安い報酬。難しさは伝えたい。簡単に。

『あのガキを……また……無意識に暴れだすんじゃねえか?』

【目を覚ましたという連絡が、こちらに届きました】

 幼さを感じるバードの言葉。言葉の意味は、繋がる間者の存在。

『誰が船内で関わっているんだ?』

【それはわたしにもわかりません】

 大きな情報。付け入る隙。警戒の範囲は、船全体。

『気味の悪い話だ! 邪魔されたらそいつら殺していいのか?』

 揺さ振る会話の流れ。情報は多いほど良いと考える風間。その反応を期待する風間の想像通り、機械な声は感情を現す。

【殺してはいけません! 恐らく数名はついて来る形となるそうです】

 感じる感情は、幼い、不慣れ。付け焼き刃な連絡係。プロの口元は怪しい笑み。船全体より、近い存在。遼の近くに要るだろう、バードより上の存在。

『ついて来る? どこに』

 風間との同行を言い出す者が、自然と見えてくる間者。当たり前な思考は、罠にも感じる。賢い者ほど、はまる罠。見極める必要性の皆無。必要なのは報酬。忘れよう。

【最後の目的地です。水谷遼の通う大学に向かって下さい。詳細はメールにてお伝えします。任務完了後、残金を入金致します。その後、風間様の新しい身分証明書の作成手続き致します】

 報酬の必要性。新しい身分。充分な報酬金。風間の想像する未来。

『そこんとこよろしくな……一生傭兵なんて御免だ』

 本音を隠す必要がない相手。強く伝えたい。現状からの脱出。未来の見えない現在。戦争の臭い。駆り出される傭兵。命はひとつ。世界の風潮は、屈強な傭兵の引退へ踏み切らせる。

【全ては風間様に掛かってます。失敗は風間様の生死に関わるということです】

 だからこそ必死。瀬戸際の大きな依頼。だからこそ必要な相棒。目的は遼の拉致。能力は依頼人の渇望。

『あぁ……そうかい……わかった……』





     ◆◆◆





 思い出すように回想へふけり、その後に受信したメールを再確認する風間。

――なるほどな……降りる場所と大学の現在の状況がメールの通りなら、生死に関わるな……。

 無言のヘリの中、最初に言葉を発する遼。

『あの』

『わしか?』

『はい、この能力はいつから、どんな目的があって存在するんでしょうか』

『ん……いつから……と言う質問は難しいな。わしの先祖は、色んな言われ方をされていたらしいんじゃ。忍者とも言われとった』

 遼はあまりにも違和感のない一例に笑みを浮かべる。

『ハハハ! 納得です! この人間離れした身体能力、忍者って実在してたんですね!』

『定かじゃないわい。じゃが能力を使いこなしていれば、選択肢の一つだったじゃろ。わしは出浦家の先祖の名前、盛清を受け継ぎ、わしの名前をとって、息子のこいつは清正じゃ』

『じぁあハルは……』

『わしの先祖が季節の名前をつけるのが好きだったようでな、春のように穏やかで、子孫が枝分かれに残るようにと願いを込めて春枝とつけたかったらしい。け れどそれは随分昔の話でな、男系な一族じゃった。そのうち女のあかごに恵まれたらと……その願いがやっと春枝に届いた訳じゃ』

『春枝……ですか』

 少し苦笑いな笑みを浮かべた清正は、娘の気持ちを代弁する。

『まぁ、ハル本人はあまり気に入ってなくて、自分の事をハルと呼ぶんだがな。春枝と呼ぶのは父さんぐらいだ』

『はっはっは! まだわしが春枝と言う度に嫌な顔をするわい! そして……この能力は正直不可解じゃが、時代に合ったからか、まるで進化した未来からの贈り物のようにも見えるのじゃ』

『未来? ですか?』

『あるんじゃよ……昔から受け継いだ書物に、到底考えられない物語がの……まず昔の人間に書ける書物じゃないだろうというほどに。じゃが、それは現実味がないからの! 恐らく進化の結果じゃろ。身を守るためには常に偶察力が必要じゃ』

『偶察力?……』

 遼にはピンとこない、聞きなれない言葉に考え込むがわかるようでわからない。その様子を察した盛清も、思い出したような話で説明を始める。

『偶察力とはな、簡単に例えて言い表すなら……ある高名な人物が付き人と道を歩く。高名な者は言った。この道は左側だけ草がない。なぜだと思う? と付き人に尋ねた。付き人はまるでわからない。高名な者は言った。この先には右目が見えない山羊がいる』

『あ! なるほど』

『つまり、突然の出来事を見極める理解力に瞬時な機転じゃな。選択肢のひとつとも考えられる先祖の職務は、突然の出来事に迷ってはおれん。常に二者択一、 いや十者択一とも言える。間違えれば即、死に繋がる。そんな時、知識や経験から空気を読み、常に最良な道を選んで、生き残った先祖が子孫に繰り返し受け継 がれ、今の形になったとわしは思う。セレンディピティとは、わしらのような能力や偶察力を一番表現しておる造語じゃな。色んな国に旅する先祖もおったらし くての、無意識で動き回ったらしく、仕舞いにはドラキュラと呼ばれたりもしたらしいわい! ははは』

『ハハ……無意識も進化の形ですか?』

『恐らく……そうじゃな。または違う能力同士が混ざったか。必然的か、偶然的か、いつでも自分を守るスタイルをとらねば生き残れんかったんじゃろ』

 さまざまな可能性を口にする盛清。その言葉の中で探り探り自分に降りかかった能力の根本を知りたいと思う遼。

『なぜ、死ビトに能力が』

『先祖は色んな形で、常に子孫を残す事を考えて生き残っとったと思う。そのためには、能力にとって、何か必要な事なのかも知れん。世界のバランスか、秩序 か。技を門外不出にするためにも閉鎖的に一族内だけで繁栄をしようとも考えとったらしい。その副作用か、一時期爆発的に一族が増えたとも聞く。その一時期 は一族にとって最良の時だったじゃろな』

 バランス。秩序。それはまるで能力に意思があるかのようにも聞こえる。そして、盛清には、その繁栄が最良という考え。

『どうしてそのまま繁栄しなかったんでしょうね』

『それは……きっと時代の風潮かもしれんな。恐れられて……囲まれて……人質に取られたり、酷い虐殺があったと聞く。ただわしが思うに……能力は……能力の為に……』

『能力のために?』

 尋ねたいことが次々と思い浮かぶ遼。しかし、今は生死に関わりかねない戦場ともなりえる場所への移動中。遼の言葉に反応して考える盛清でもあったが、風間の言葉により緊張感へと変わる。

『お喋りはそこまでだ! 到着した』

 小さな窓から下を眺める遼。それは見慣れた自分が通うキャンパスの上空。すでに各入口を包囲し、塞いだ出口のない空間。それはつまり、入口も考えられない。

『ど、どこに降りるんですか?』

『ここだ』

 風間の返答の意味。それは遼にとっても場違いに感じる。それ以上の言葉なく、反論の余地もなく、先ほどまで平坦な空気感であったヘリコプター内の、体に 掛かる垂直な重力の変化に、先の展開も読めないまま身を任せることしかできなかった。いつもなら、何も考えられなかった自分。しかし今は、ハルの安否を考 えることで、弱くなれない自分もいた。
 ハルの現状。それは遼が乗るヘリコプターの現状より時間はさかのぼる。治療されながら、鈴村のこぼす愚痴の中から、今までの経緯を知るために。




【罠の戦線】





『何かあったの?』

 小声で尋ねるハル。鈴村はハルに合わせた声の大きさで会話を始める。

『尾行の予定は無かったんだよ。水谷は……あれは事故で終わるはずだったんだよ』

 本来の事情。現場の状況は目撃者の情報を含めて、一見して事故という処理になるはずだったことを話す鈴村。

『それじゃ……誰かが通報とか?』

『ああ……町田を名指しで「今回の電車の事故はまた起こる。そして水谷は、何か得体の知れないものを隠し持ってる」とよ』

『どんな奴?』

『町田によれば、声は30〜40代。落ち着いた口調の男らしい』

――誰? 『さっきの電話も?』

 それは、つい先ほど、ハルを見つけるきっかけとなった、鈴村の携帯電話へ連絡をしてきた主。ハルの存在も知る者。

『いやっ、さっきのは女だろう』

『だろう?』

『変声機を使って、偽名はバードだ』

――バード? 『そもそもあなたがここに来た理由はなんなの?』

 鈴村がこの大学へ来た理由。これだけの騒動となる出来事を起こした理由。それは一本の電話からだった。

『俺が入院していたベッドの枕の下に、携帯があった。振動で気付いて電話に出たんだ』

 鈴村はすでに迷い人。ここまでの事態になった理由を知りたい者のひとり。そして時間が経ったからか、銃撃されたからか、最初にハルが鈴村を見た印象とは変わり、口調も落ち着いており、電話の内容をハルへ丁寧に話し出す。





     ◆◆◆





『はい……この電話は俺のじゃ……』

【初めまして。あなたは水谷遼にはめられました】

 寝ている頭で突然の振動に気づいた鈴村が、思わず着信に出てみた誰かが置いた携帯電話。知らない携帯電話の事情から話し出したい鈴村へ、一言で事情を付け加えてきた者。

『は!? 誰だ!? その声は変声機だな』

【私の事はバードと呼んで下さい。あなたと同じ事が身の回りで起きます。得体の知れない能力を持った彼を止められる人は、彼の手から生き延びた者だけです】

 公園で見た遼の異常な行動。まるで策略的な暴挙だとでも言わんばかりのバード。変声機に関しての事は不要な説明とばかりに必要なことだけ話してくる。

『はぁ!? どういうことだ! なぜ俺に!? そんな凶悪犯なら通報すればいいだろう!?』

【それは出来ません】

『どうして!?』

【彼の仲間は沢山います。警察内部にも。なので秘密裏に動く必要があります。今、水谷はあなたが死んだと思っています。どちらにせよ絶対安静中に身動き出来ないと。彼に関わった人、そのうち消されます。尋問して些細な情報を得ただけでも】

 話の規模が大きくなってきたと感じる鈴村。どこまで信じていいのか。信じない方がいいのか。それでも脳裏に蘇る公園での遼の異常性。無視をすることが出来ない鈴村。

『俺に何をしろと』

【公園で水谷が接触した加藤陽菜が次に狙われます。加藤の詳細はメールにて送ります。彼女に直接会って危機を伝えるのです】

『それだけか?』

【はい。接触後、こちらから保護の方法を連絡致します】

『接触後? どうやって俺が接触したのか知る!?』

【私どもは完全に水谷に知られないように動いてます。そして常に監視しております。ご協力いただけないのでしたら別の人間を捜します。ただ、あなたが生きているのが知られれば、身内の方にも危険にさらされます。それでは失礼致します】

『ま、待て! くそっ』

 電話は一方的に切れる。人を助けるための行動。信用がしきれないバードという存在。脅しのようにも、鈴村のことを気遣っているようにも感じる投げ捨てた 言葉。独身である鈴村が連想するのは両親や親戚の安否。刑事としての鈴村には、断る理由がなかった。それをハルに伝え終わった。




     ◆◆◆




『俺は病院を抜け出し「真っ直ぐ」大学に向かったんだ』

『真っ直ぐ? 銃はどこで?』

 入院時に回収されていると想像する拳銃の出どころ。警察署から盗んだと思われている情報。病院から大学へ直行してきたという鈴村の言葉の裏付け。その話の最中に鈴村への怪我の処置が終わり、ハルは拳銃の先端で学食の部屋の隅へ誘う誘導をする。

『俺は学食で加藤を捜しながら待ち、学食にやってきた加藤を見付けた。目の前に現れるなり、あいつは叫び始めた! そして学生が群がり始めて、俺が窃盗犯だと言いはじめた! 俺は少し混乱しながら、そして重さを感じて自分のコートに手を入れたら、拳銃が入っていた!』

『それが本当なら、完全にはめられたわね。多分マスコミに嘘の情報を流して、銃の出どころが確認される前にニュースで流れた訳ね』

 嘘をついているようには感じない鈴村の言葉。そしてハルの知る情報をそのまま伝えるハル。その詳細を伝え始めると、驚きを隠せない鈴村。

『ニュース!?』

『私がここに来る前から、あなたは警察署から拳銃を盗んで逃走中となってるわ』

『な!? なんて馬鹿な事に!』

『どうして発砲したの?』

『俺は……きっと精神的に不安定になってたんだ。病院では鎮静剤を打たれたはずだが、朝は妙に自分が興奮と不安な状態に感じた。さっき撃たれるまでは、回りが見えなくなっていた! くそっ!』

――そこまで読める人って誰? 『狙いはわからないけど、どうやら私達、誰かの罠にハマったようね』

『お前……バードに関わってないのか!?』

『多分……無関係じゃないわ。そして私はここを抜け出したい! 協力出来る?』

 ハルの存在を知っていると思われるバード。まだわからない理由。ハルの言葉に辺りを見回して状況を眺める鈴村。学食で怯える学生。様子を探り続ける機動 隊。外には数える事も面倒になる警官隊の数。その状況で、怪我をした自分に出来る協力など皆無だと思えることに笑いがでる。

『ハハハ! 協力もくそもないだろ! 完全包囲だ!』

『今のあなたなら出来るわ』

『どういうことだ』

 自分に能力を感じられないハル。能力が移ったことに自覚のない鈴村。細かい説明をする余裕もない。まずは「見てもらう」しかなかった。

『まず意識をしっかりもって。遼の二の舞になる』

『遼? お前は水谷の仲間か!?』

『彼は昨日色んな事に巻き込まれて、重症を負ったわ。そして彼と同じ能力が、今あなたにある』

『の、能力?』

『落ち着いて呼吸して。目をつむって。何が見えるか言って』

 鈴村からすれば意味がわからない。しかしふざけているようにも見えない。バカバカしくも思える。言われた通りにやる理由が納得に至らない。そして、やらない理由もない。何も手段のない鈴村は、ハルの言う通りにする。

『なにも……ん? なんだ……この光は……目を開けてもハッキリ見えてきた』

『それはフェムという光。そしてその光が大きく滑らかな道が、あなたにとって良い方向に向かう道よ』

 にわかには信じがたい能力。信じたくはない反面、公園で見た、遼の狂気な行動は、すでに信じられない暴挙であった。能力の意味より、なぜ自分にそのような能力があるのかが気になった。

『なんで俺にこんな能力が!?』

『私の能力があなたに移ったの。死期が近い人に能力は移る。けど処置されて、あなたの死期は遠ざかったはず。どの道が一番大きい?』

 無駄な事を言わないハルの言葉には、更に信じられない能力の一端と、使い慣れた者だから言える言葉にも聞こえ、鈴村は質問に素直に答える。

『こ……この学食の玄関……キャンパスに出る道だ! 思い切り目立つ場所だぞ!?』

『そうね……でも間違いない道のはず。道が消える前に行くわよ!』

『おい! 待て! 俺は撃たれて歩けるかも不安だぞ!』

『きっと大丈夫。その道を踏み外さなければ、あなたの体は道を護るため強靭になるわ! その道なら無敵だと思って!』

『そんなこと……本気で言ってんのか!?』

 知らない者にとっては突飛な事ばかりを口にするハル。理解も練習もできない鈴村を引きずるように引っ張り、二人で玄関に向かって歩き始める。それはまるで人質となっている学生や機動隊の存在を忘れるように。
 機動隊に背中を向けた瞬間、隊員は、足に隠してあった拳銃を取り出す。

『動くな!! 銃を下に置いて手を上に!!』

 聞こえていないように前へ進もうとするハル。当たり前に静止して指示に従おうとする鈴村。

『ほらみろ! やっぱりだ!』

『気にせず行くのよ! 体はつらい!?』

『それは……思ったほどじゃない。いやむしろ力がみなぎる! なんだ……これは!?』

『意識をしっかり持って! 自分を見失うと、遼と同じ事が起きるわ!』

 少しずつ体験で理解に進む鈴村。信じるか信じないかではなく、自分はいつまた撃たれても仕方がない存在。不思議な能力の話をするハルの言葉に、無茶な能力に半分開き直りながら付き合ってみたくなっていた。二人は機動隊の警告を無視して歩き続ける。

『撃つぞ!!』

 機動隊は全員で隠し持っていた銃で構える。

『撃ったら学生に向かって撃てるだけ撃つぞ!!!! 撃てるもんなら撃ってみろ!!』

 ハルの威圧に機動隊も言葉を失う。そして下手に発砲できず、完全な隙を見つけるまで硬直することしか出来なくなった。

『お前……すげえ女だな……』

『褒めるのはここを抜け出してから褒めて!』

 外の狙撃部隊は、動き出した二人を狙い続け、隙をうかがう。学食のドアから外に出るハルと鈴村。少しずつ学生との距離が空くことで、今にも狙撃されるのではないかと不安にかられる鈴村。

『おい! 人質から目を離した瞬間狙撃されるぞ!』

『あなたはフェムを踏み外さないで! 道から外れた時が隙を与えることになるのよ!』 ――やっぱり自分の腕を撃つか!!

 自分で操れない能力。不安で体が重い鈴村。再び自分に死期をつくって鈴村から能力を取り戻す気持ちでもいたその時、ハルの目に強い光があてられる。

――うっ!? 眩しい!?

 誰かがハルに向かって鏡で視界を一瞬奪う。その挙動の隙を見逃さない狙撃部隊は、ハルの挙動に慌てる鈴村を狙って発砲してきた。

『うおおお!!!?』

 鈴村を狙った銃弾はすり抜けるように避けられる。鈴村本人は、自分に何が起きているのか理解が及ばない。銃弾が地面を跳ねた気配。どこから飛んできたのかもわからない銃弾を避けたことだけを理解していた。

『来るわよ!! あなたはフェムを踏み外さないで! 私は、いま邪魔した人間を追うわ!!』

 ハルは鈴村と距離を開け、出来事の核心に近付ける可能性に向かって走り始める。

『くそー! 俺は死んだー!!』

 鈴村の体がねじられるように奇妙に動き始める。

『ぶあー!? はあー? あああああー!!!!』

 機動隊と狙撃部隊は、鈴村に向かって指示を受けた銃撃を始める。距離があるとはいえあまりにも手応えを感じない。その不思議な光景に、警官隊は理解が及ばない。
 鈴村だけに照準を合わせる機動隊。校舎裏へ走り続けるハル。

『ハァッ! ハァッ!』――この状況で私達の邪魔をする人間! 私が捕まった方が都合がいいの!? 遼を餌に鈴村をおびき寄せ、私から能力を外す!  ハァッ! ハァッ! けれど……それじゃあ、ここまでおおごとにする意味は!? あまりに突発的。鏡……やり方が不確実。感情的……感情? ハァッ!  ハァッ! 女……鈴村の読み通り? 計画にない勝手な行動? この事態は、そんな短絡的な女の仕業じゃない! もっと……偶察力を理解した人間。

 ハルは逃げたと思える方向に走り続ける。

『ハアッ! ハアッ! どこ!? くぅっ!』

 滲む朱色。忘れていたい傷口。次第に青ざめるハル。能力のない非力な感覚。頼っていた能力。今の自分にあるもの。忘れたい傷み。

『ハァッ! ハァッ! はぁ……はぁ』

 立ち止まるハル。思い出す大事な事。それは親と子の会話。





     ◆◆◆





 ある日、ハルと清正に対して、道に迷った老婆が聞いてくる目的地への行き方。簡単な道を指を立てながら教える清正。その様子を眺めるまだ幼いハル。老婆の背中を見送りながら、ハルは清正に尋ねた。

『パパ。能力が無くなったら何を頼りにするの?』

『一緒だよ、ハル』

『何がよぉ』

『能力と同じ。六感がなくても、五感はある。能力を活用する時でも、落ち着き、息を整えて、集中する。能力は目に映る。五感は元々みんな持っている。経験 や知識が及ばなくても、研ぎ澄ませれば、見えないモノが見える。俺達と同じで、僅かな気配は気付くものだ。偶察力を発揮する機能の基本は、元々人間には備 わっているんだよ』

『ふ〜ん……なんか……お父さんって感じ』

『は・る・え!』

『春枝って言ったなー!』

 思い出したのは、笑いながら清正を追いかけたハル。隠れる清正は、足音や、わざと壁をたたいて気配を教えている。隠れながらハルを待つ清正の後ろには、すでにハルが笑顔で立っていた。腰に手をあてながら、清正に伝えた言葉。

『能力がない自分なんて有り得ないもん!!』




     ◆◆◆




 校舎裏。立ち並ぶまだ咲かない桜の木。息をつく。いつもは見える。目をつむれば今は暗闇。使える五感。匂い、音、感じる風、霞む目に映る枯れ枝、乾く 口。雑音は自分の迷い。勇み足は混乱の一歩。静かな心は、同時に感じる五感。探る違和感。いつもはある道標。新鮮な人間らしさ。傷口の鼓動が伝わる。心臓 の鼓動が聴こえた頃、伝わる情報。流れる存在。

『これ……香水……風上は……』

 よどむ気配。近付く予感と体の限界。この道の先をイメージする。枯れ枝の音。誰かの油断。ハル以外の人為的な音。イメージと重なる音。迷う必要がなくなった。走り出すハル。わかる距離感。見える壁の先。校舎の角から消える人影。

『ハアッ! ハアッ! 見付けたわ!』

 角を曲がった瞬間にハルは叫ぶ。

『撃つわよ! 捕らえたわ!』

 確認しないうちに叫ぶその先には、ハルの声に立ち止まった人間が見える。

『ハアッ! ハアッ! あなたなのね! バードは!』

 その頃、鈴村も、肉体の限界が近付いていた。慣れない能力に振り回される体。処置したばかりの体。止血しただけの危うく致命傷となっていた体。

『はああ! 駄目だもう! 俺の体が振り回され過ぎて、もう……』

 朦朧(もうろう)。道の重要性を忘れ、外すフェムの道。

『ぐああ!』

 腕に当たる銃弾。眠くなりそうな意識は目を覚まし、道を再確認。転がるようにフェムの道へ戻る。フェムはすでに道ではなく、鈴村を中心に円形となり、少しずつ狭くなっている。

『がああ! あああ! くそ! 道を外さない……ように……しないと……うぅ』

 意識が薄れる鈴村。無意識の怪物の様子が見え隠れする。歪むフェム。放射状に広がり、また縮む。意識のある鈴村の許容範囲と無意識に動き回りたい「何か」との意識の奪い合い。

『ぐがぁ……! ちょっ……俺の頭……何か! がああ!! まだ! いや……もう! あああー!!』

 鈴村の意識が飛ぶ瞬間、見上げる鈴村の中の第三者。今にも唸り声を出して、想像も出来ない行動を始める瞬間だったのかもしれない。
 その日は快晴な空のはずだった。鈴村は影の下にいる。屋根のないキャンパスの中心。鈴村を影に包み込んだ理由。

『がぁ……暗い?』

 鈴村の真上に、不明機であるヘリコプターが降下してくる。そして、それは鈴村がフェムを護りきった結果である。

『がぁ!! ああ……な、なんだこれは! うわああー!!』

 意識を取り戻した鈴村は、その場から飛ぶように逃げる。すでに照準は鈴村ではない。誰にとって味方の存在か、敵か、第三の目的を持つ者か。
 警官隊はそれぞれ、突然ヘリコプターがキャンパスに現れた事に驚きを隠せない者。指導者からの警戒体制が取れる者。連続する理解を超えた出来事に立ちすくむ者。何が始まったのか、教えて欲しい者。つまり、混乱していた。





【目的】





 キャンパスのど真ん中に着陸してきた不明機。遠巻きに取り囲む警官隊。プロペラが静止するよりも前に、ヘリコプターのドアが勢いよく開く。

『はっ! はあっ! はあっー!!!! アハハハハハーー!!』

 臆病になることをしらない笑みと共に、風間は大きく笑いながら機関銃を振り回し、威嚇銃撃を始める。防御体制をとる警官隊。突然の銃撃に慌て、伏せる者。狙いを定める者。優先順位は身を守る事と、指示を待つこと。

『はあ!? 何が起きた!?』

 鈴村はたじろぎながら後ずさりする。

『清正ー! ハルお嬢ちゃんの匂いが付いたものはないか!!』

『救出時に俺に抱き着いたこの服はどうだ!?』

『ルーア!! 奴の服の匂いを嗅げ!』

 風間は清正を指差し、自分の服を匂うそぶりをする。ルーアは風間の行動を察し、清正の服を執拗に匂いを嗅ぐ。

『そいつを捜せ』

 ルーアの感性。導かれる気配。独自の偶察力がハルの匂いを探る。
 盛清は逃げるように走る鈴村が目に触れる。
 遼から見るフェムはルーアの向かう先。
 清正は援護射撃をしながら風間の様子を見る

『風間……随分熱心にやってくれてるな……なぜここに下りた』

『ちょっと俺もここに急ぎの用があってなあー!』

 風間は言葉を濁し、威嚇の銃撃を激しく続ける。ヘリコプターの外に足を伸ばす盛清。

『清正、ここをたのんだぞ!』

『わ……わかりました』

 盛清はヘリを離れ校舎側に向かう。清正の援護により、警官隊も下手に手を出せない状態でいる。
 雑音に紛れず耳に触れるシャープな響き。ルーアの甲高い声が何度も聞こえる。

『さすがだルーア! 見付けたらしいなあ!』

『僕も! ハルのところに行く!』

『引っ込んでろー! 狙撃部隊が隙を見てる! 今死なれちゃ困るぞ!』

 風間の声が耳に入らない遼は、フェムの道を見極める。

――この道はルーアが通った道……きっとこの先にハルが!

 遼は松葉杖を捨て、フェムの道を翔け走る。

『あの野郎! まだ死ぬんじゃねえぞ!』

 遼はルーアの雄叫ぶ方角とフェムを頼りに走る。ヘリコプターから離れ、校舎に挟まれた道を駆け進むと、簡単な分岐点で立ち止まった。ハルへたどり着く道 はわかっている。けれど、その道の分岐では、立ち止まらずにいられなかった。それは、盛清とヘリコプターで会話した時から、ずっと頭に残っていた疑問。

――多分この右に向かうフェムの先が、ハルのいるところ……けれど左側に道は……なぜフェムがない!? 明らかな道ならどんな道にもフェムが見えるはず! 見えないなんて……けれど僕の目的は………。『うぅ! があぁ!!』

 遼の突然の唸り声。しかし誰にも聴こえるものではなかった。その声に気づかない風間であったが、目線はルーアの声と遼の足どり。風間の両手には狙いの定 まっていない機関銃から放つ冷えない銃口。目立つ風間に集中する幾つもの目。その目がうかがう狙いは風間の隙。狙いの定かでない激しい威嚇の最中に聴こえ る単発音。

『があっ!!』

 一瞬の流し目を戻した先。学食から機動隊が発砲してきた。狙われた足は自然と膝を付く。

『くそがあー!』

『あの男から抑えるぞ! 狙え!』

 機動隊は風間に標準を合わせ集中銃撃の体制をとる。学生は校舎内入口より逃がされる。機動隊が狙う、ヒビが増えたガラスの先にいる風間。機動隊の目にかする、錯覚かと感じるような動きをする物体。
 優先順位。それは風間の声を聞いたルーアの判断。風間の命令より、願いより、ルーアの優先は風間の存在。風のようにキャンパスに戻り、風間が睨む先。学食からの声は、絶望。

『ギャアァァー! ウワァァァー!!』

『ガァァアアア!! あああ…あー!! 助けてくれえー!!』

 ガラスに染まる単色。手形はゆっくり下に落ちる。ルーアは、割れた学食のドアから出て来る。風間を襲ったであろう全ての可能性を絶った。警官隊は惨劇を目撃して、手を出せない状態でいる。
 その頃鈴村は、銃撃と惨劇の現場から逃げるように、校舎裏に走っていた。

『はぁ! はぁ! くそっ、どうなってんだ!? あいつらは一体……ん……あいつは!』

 鈴村は人影に気付き、物陰に隠れて、近づく影を確認する。

――はぁ、はぁ……もうすぐ……もうすぐよ……達哉。『ん……んぐっ! んん!?』

 陽の当たりづらい、校舎と校舎に挟まれた道。鈴村は隙をみて、確認した加藤陽菜の後ろから口を塞ぐ。同時に落ちる陽菜の鞄(かばん)。

『おい! 騒ぐなよ! お前何でこんなところでうろうろしてる!? ギャッ!!』

 塞がれた口。睨めない顔。しかし鈴村の声はすぐに気づいた。そして負傷した場所も。鈴村の負傷した顔を叩き、腕を口から払う。そして振り向きざまに目的を当てつける陽菜。

『あなた、遼に会いたかったんでしょ! 今きっと来てるわ! 会いに行きなさいよ!!』

 鈴村は顔に手を当てながら睨む。

『くっ! 加藤陽菜! お前……何に絡んでやがる! 俺は水谷の公園での奇行の原因を、今、自分の身体で理解しているぞ! 説明してやるから!』

『そんなの関係ない! あいつのせいで達哉は死んだのよ!』

『お前……この能力の事知ってんだな!?』

 言葉を失う陽菜。鈴村の偶察力。刑事としての観察力。その目から見る陽菜の表情は、元々嘘が苦手な者。それが肯定出来ない理由。否定は罪悪感の嘘。肯定 も否定もない。つまり私は知っているという意味。それが鈴村に聴こえる表情。それなら、なぜ言えないか。遼の友人。能力への理解。復讐心。遼の現在地を把 握。決め付けるたくなる鈴村の想像する答え。間違いでも失敗じゃない空気。

『お前……バードか?』

 反応する表情筋の動き。一つの謎が解けた鈴村。

『嘘は言ってないわ!! その能力がある限り同じ事が起きるわ!』

『お前……この能力が無くなる事が目的か? 違うだろう! 誰の仕業だ!』

『いや!! 近付かないで!』

 鞄を振り回す陽菜。怒鳴るように質問攻めで詰め寄る鈴村。陽菜はたじろぎながら、鞄を振り上げ、口を動かし始める。

『それは! あ……ああっ!!』

『な! おい! 加藤!』

 響く音は、その日、校舎の敷地内では、目立たない発砲音。鈴村の後ろに飛ぶ鞄。肩を抑えながら倒れようとする陽菜を抱え込む鈴村。

『く……う!!』

 能力者独特の脱力。最中に理解する、二つ目の謎。それは更なる混乱。振り向いた鈴村が見た人物。

『あんた……誰だ!? え!! お前!?』

 拳銃を握った男と、車椅子で運ばれた者、二人。拳銃を握った男は見る。陽菜の鞄から、零れるように落ちた変声機。拾い、耳に掛け、装着する。似つかわし くない声。視界はその男からの光景。脱力感が拭えない鈴村と、事態が理解出来ない陽菜のうなだれる姿。その最中、男から映る鈴村の目線は男から反れない、 匂わせる事情通な男。

『面倒な事を言いそうでな……ハハハ! 面白いもんだなあ!! 変声機は! 違う人格になる気分だ! 声に似合う役者を演じようじゃないか! これはな……ちょっと……深い話だ……ガハハハハ! どうだ!? 役者っぽいか!?』

『あああぁああ!!』

 苦しそうにもがく陽菜。銃口はゆっくり、鈴村に向かう。躊躇のない殺気。物陰に隠れようと走り出す鈴村。

『があ! ぐあ! あぁ……』

 鈴村に放たれる2発の音。

『能力はもうお前には無いようだ。もう動けんだろ。そして加藤陽菜。撃たれたという事に大袈裟に苦しんでるが、よく感じてみよ、そんなに痛くないはずだ』

『うぅ……ぅ』

 男の目に映る陽菜は、痛みか、混乱か、定まらない表情。

『どうだ……それほど痛くないだろ? ん? やはり痛かったか? 広金達哉も痛かったかな? ガハハ! そんな暇もなく一瞬だっただろうか? ガハハハハ!』

 わざとらしく陽菜を挑発する男に、陽菜は目を合わせ睨む。そして男の後ろに、車椅子で朦朧(もうろう)とする者に気付く。陽菜は目を合わしたい。直視したい。思い出すのは、惨劇と復讐の狼煙。込み上げる感情。

『ハァッ! ハァッ! い……生きていたのね! 仲間だったの? なんのつもり!? 何が言いたいの!?』

『広金達哉の死の原因は……単純じゃない』

『あ……あなた……全部あなたの仕業なの!!!?』

『どうだ……憎いか……悔しいか? ちなみに今のお前には能力がある。俺を殺せるぞ? 知るがいい!!』

 向けられる銃口。顔中の筋肉を強張らせる陽菜。男は陽菜に向かって発砲する。

『ひぃ!!』

 陽菜の体が能力により、すでに立ち上がり銃弾を避け、のけ反る。

『わかったな……銃弾も避ける能力だ』

 それならばと、勝機を感じた陽菜の目つきが変わる。

『ガハハ! いい目つきだ! 俺を殺したいんだな! だが……』

 一度振り返り、車椅子の後ろにまわり、車椅子を陽菜に向けて押す。ゆっくり、ゆっくり、陽菜の目の前までゆっくり近づく。引きつる表情の陽菜。車椅子に乗る気配なき者。

『イヤ! 近……付かないで! あ……』

『使い方もわからん。俺を殺す力はある。死期とは紙一重なもんだ。今お前が俺を殺す方法がひらめけば、一瞬で俺は死んだだろう』

 陽菜は何もわからず、体の力が抜け倒れ込む。

『あとはあの2人だ……』

 男は車椅子を押し、陽菜の前から去り、次の目的に動く。鈴村は男が去るのを確認すると、はいずりながら陽菜に近づく。

『うぅ……くそ! 加藤! おい!』

 鈴村は陽菜の顔を叩く。能力が抜けた脱力。気を失うかどうかの脱力。陽菜が目覚める前に倒れそうな鈴村の余力。

『うぅ……』

 陽菜は目を開き、下唇を激しく噛みながら、出血する肩を押さえ、ゆっくり立ち上がる。

『うぅぅ……みんな……みんな! み……みんな!! 許せない!!』

 陽菜は鞄からハンカチを取り出し、傷を縛り、鈴村の存在が見えないような殺気で、男の進んだ道を追うように歩き始める。そして携帯電話を出し、どこかに連絡をする。

『加藤! く、くそっ……体が……い……意識が……』

 鈴村は銃撃による負傷と能力を奪われた事により、思うように体を動かす事が出来ない。もよおす吐き気と朦朧。そして、まぶたを開ける気力も無くなった。





【重複】





 変声機を装着した男は車椅子を止める。

『ハァッ!』

 車椅子の者の肩を両手でつかみ、背中を膝で支え、活を入れる。

『深呼吸をしろ。どうだ……見えるだろ? 諦めていた光が……ん?』

 重なる足音。向けられる銃口。ひとり、ふたりと姿を現す。

『動くな!!』

 後ろからも3人。5人の警官隊。突然の出現。違和感の理由はすぐ理解した。

『そいつです! そいつに私は撃たれました!』

 陽菜はハルを囮にした鈴村同様に通報。今回は被害者からの通報として、変声機を装着した明らかに怪しい風貌と、説明のつかない車椅子から慟哭が聞こえそうなほどこの場に相応しくない者を、警官隊と接触させる。

『おい……そいつは! まさか!』

『まて! 先ずは確保だ! 手を挙げて膝をつけ!』

 車椅子に乗った者を見て、その者の素性がわかる警官隊。変声機の男は警告を無視して、車椅子を押し続ける。変声機の男は、あからさまに取り出す拳銃を車椅子の者に向ける。
 警官隊は男に銃口を向ける。引き金は、変声機の男の方が早かった。

『ぐがあぁぁあぁあう゛あ!!』

 引き金は激しく元の位置に戻った。そのうめき声は車椅子からではなく、上から聞こえる声だった。

『な!?』

『ガハハハハー!』

 見失うはずがない、低く屈む男。同時に高く飛ぶ車椅子にいた者。目線が泳ぐ。注意すべきは、下か、上か。男は懐から直角に曲がった金属の鉤(かぎ)の手 を取り出す。車椅子より真上に飛んだ者は、真下にすぐ落ちるはずだった。落ちない。すぐに落ちてこない。永い滞空時間。何かに乗っているのか、直立する 体。その者に見えているフェム。真下に束(たば)なるフェム。見える者にしかわからない、理解している者にしかわからない、厚い光の束。発砲を躊躇する警 官隊。男は下から、目を合わせた警官の瞳を掻きえぐる。その勢いのまま真後ろで眺める瞳も。

『があああああ!』

『ガッハッハ!』

『撃て!!』

 警官隊の注意が下に向く。

『ぐぅ……あ! あ! あ! ぁああ!』

 上から振り下ろす拳。

『ごぁあばぁ!』

 噛んだ舌からの飛び散る朱。頭部への衝撃は戦闘不能に陥る。

『飛べる訳じゃないがなー! 長く滞空は出来るんだよ! フェムには質量がある! 放射するエネルギーの神秘! お前らに理解するスベは、もう……ない』

『がああ!』

 更に光を失った警官。どこを狙うでもなく、乱暴に発砲する。

『こらこらぁ……当たったら、痛いだろ?』

 耳元に響く変声機の低い囁き。

『あがぁ!』

 頸動脈を掻き切られゆっくり倒れ込む。

『はああ! あぁぁ』

 少し離れた距離から全てを眺めた陽菜は、理解できない驚きと恐怖に襲われる。男は拳銃を陽菜に投げる。

『俺達を殺したいなら撃つといい。だがこいつの体が勝手に反撃するかもな! ハッハッハ』

 震える拳銃。構えた瞬間に、自分の明日はあるのか。達哉が死んだ原因はまだわからない。男から伝わる恐怖と不明解な真実に、自分を忘れる暴挙まで興奮出来ない。陽菜は落胆してうなだれる。それが今の正解。世界観の違う次元は、耳を傾けるしかない。

『さて、急がないとな。復讐したいならついてくるといい! 俺の事は後にまわすんだ!』

 陽菜は戸惑いながらも、思い出すのは憎しみ。目つきは戻り、男の後に続いて歩く。

『があぁ! あがぁぁあ!』

『落ち着くんだ。お前は運がいい。一時間近く心肺停止したんだ。多少脳に障害があっても、道は見えてるはずだ。お前は暗闇から、抜け出せた』

 腕を上げ、「見えるところに」指を刺す車椅子の者。

『あ……あっち……だ』

 指差す先。その道の先は校舎の角。ゆっくりと姿を現す男がいる。

『んん? お前、まだ動けたのか』

 毅然(きぜん)とした表情で、無防備に体を全て見せ、立ちはだかる鈴村。見えない弱さ。見せない負傷。

『何を始めるんだ……』

 鈴村の問いに、すでに見下した優位さを感じさせる男。

『もうお前に用はないんだよ。寝ていれば良かったものを……どうやらお前よりこいつの方が重症だが……勝てるだろ?』

『がぁあ! はぁぁあ!』

 立ち上がる車椅子の者。不安にさせる歩みで鈴村に近づく。止まるかと思わせる刹那。

『ぐがあぁぁぁああ!!』

 走り出す。鈴村に向かって。変声機を装着した男のにやける目を背中に。

『支配……完了だな』

『待てよ! 俺は敵じゃない! そうだろ!!!? 思い出せ!! 相棒の声もわからないか!! 町田!!!!』

 表情の筋肉が反応する。何かに逆らうような、包帯で巻かれた目の見えない形相は、狂気の怪物に人間性が浮かぶ。意識を失いそうなほど、両手で自分の顔を叩く町田。






『ぐぅ……がぁ……あ……鈴……村……か』

『町田……生きろよ! 普通に……こんな能力に振り回されて、楽しいか!!!?』

 光の先にたたずむ鈴村の嘆願。歯を食いしばる町田のジレンマは、見た目から理解出来る気持ちと、生業だった刑事として。

『わかる……かぁ? 俺の……気持ち……が…見えるん……だよ…光……が…諦めて……いた…光……が』

 想像のつく答え。相棒として、能力により変えられた人生の被害者として。

『俺も正気を失った……だけどよ、俺達が今まで追ってたのは、俺達みたいに正気を失った奴らじゃないのか!?』

 刑事と我が身。交錯する。その二つ以外の事情。

『ガッハッハ!! 友情を取り戻すのもいいがな、もう、そういう話じゃないんだよ! わかってるな? 町田よ』

 歪む町田の口。ゆっくり下げる頭は、鈴村への詫びとも見える。

『なんの話だ!!』

 頭を上げる町田。開く口から漏れる言葉。

『俺はぁ……世界の……「夢柱(ゆめばしら)」となる』

 説明が欲しい鈴村。すでに知っている町田の性格。いつも重い言葉。いつも実直。取って付けた様な言葉ではないはず。普通に意味の理由を切り出す事が自然な空気。聞こえる声は変声機からだった。

『重複(ちょうふく)だ』

『重複?』

 聞き返す鈴村。深く知りたい。町田が選択した道の意味を。その場が静かであれば聞けた。町田は何かに反応する顔の向きは、横よりも、もっと後ろを。連続する銃撃音。

『がぁ! はぁ……がぁ……』

 変声機の男でもない。町田でもない仕業。

『あんたら〜。油断したら死ぬぜぇ?』

 いつから様子を見ていたのか。警官隊との銃撃音を聞き付けたか、現れた風間が放った銃口の先、舌を無くした警官が拳銃を握ったまま気配を無くす。

『町田よ……もっと早く気付いていたろ? どうして言葉で教えないんだ!』

『夢柱……には……なる!! 学んだ……通り……に……す……す……鈴村ー!! あいつを! あの男を確保するんだ!!』

 町田にとって渾身の叫び。反応する鈴村。

『わ!! わかっ…た……く……』

 腹部より滲み細く流れ出す血。気持ちだけで立てるものなのか。会話が出来る余裕があったのか。見た目からは、誰かを押さえ付けられる余力は想像出来ない。

『ガッハッハ! やっぱりなあー! 立っているのがやっとだろ! 風間……報酬二割増しだ……鈴村を消せ』

『そういうことか……いいぜ』

 鈴村に向ける銃口。

『ぐがぁあああ!』

 走る町田。立ち塞がる銃口の先。

『バカヤロウ!! 町田!!』

 楯となり、町田の真後ろにいる鈴村を撃てない風間。後ろから町田の肩を掴む鈴村。同時に倒れ込む町田。

『鈴村……一人でも……救え! 逃げろ!!!!』

『町田……わかった』

 後ずさる鈴村のすぐ後ろは死角となる校舎の角。走り出す鈴村の前には再び立ち上がり、楯となる町田。

『チッ……』

『構わん!! 撃つんだ!』

 瞬時に鈴村を狙い直す風間。町田の耳から鈴村の気配が消えたと同時に、町田はその場に倒れ込む。一瞬躊躇した風間の狙い。町田の背中には、すでに死角に逃げて姿を消した鈴村。死角となる角まで走る風間の目にも、すでに鈴村の姿は無くなった。

『駄目だな……思ったよりあいつ動けるぜ?』

『町田……俺を用無しと判断して、自分で夢柱を完成しようとしたか? 俺が傭兵を雇っていたのは予想外か? お前に今能力がなければ、お前が用済みだ!  だが、夢柱が、無事なもんかもわからん。光を得る代償としてリスクを負ってもらうぞ。風間よ、こいつを車椅子に乗せてくれ』

『こいつが撃たれてたらどうしたんだ?』

 立ち上がる気配を出さない町田。風間はゆっくりと能力の暴走を警戒しながら、町田を抱き抱える。

『こいつの能力がそうはさせん』

『なるほどな……でよぉ、あの小娘はなんだ?』

 離れた場所に居ながらも逃げはしない陽菜。よろけながらも風間に近づき、素性を明かす。

『風間さん……私がバードです』

 風間は眉間に力を入れ、目を薄くし、開いた口はすぐに何か言い出す表情。

『は……ハッハッハ!! 人手不足かぁ? 盛清さんよ!!』

 変声機を付けた男を嘲笑いながら、変声機を付けた男の今までの視野から、風間の視野に移行して見ると映る男。盛清。飽きた様に変声機を外し棄てる。

『余計な詮索はせん事じゃ……風間! 遼を押さえ込め……そして、町田の前に立たせるんじゃ!』

 依頼主から直接に言われる指示。本来姿を現さない依頼主。素性がわかり、後々風間からゆすられる可能性もある。しかし、風間から見た盛清は、すでにその しこりを上回る気迫の温度。ゆする相手には出来ない予感。風間がその温度差を近付ける為には、自らの危険回避。能力者の危険性を熟知している風間。質問 は、能力を慣行して生きてきた者へ助言を求める。

『ただょ、あいつは能力を使いこなしてるんだろぉ? 簡単に捕まるか?』

 一日之長(いちじつのちょう)。能力を巡った戦いを経験した者への警戒。油断は出来ない。些細な情報が、風間を今まで生かしてきた。

『春枝がおる……無意識で暴走せんよう、春枝を使っておとなしくさせるんじゃ……』

 盛清から伝わる目的。すでに身内の視線は乗り越えた覚悟。見えない目的。慣れた覚悟。

『あんたも……悪党だねぇ。まぁいい……俺は報酬だけ貰えれば、あんた以上の悪党にでもなるぜ? そして、あんたの発想、行動……あんた、まるで傭兵だな』

 お互いの笑みは、容赦を必要としない目的完遂への執着と了解。
 同じ大学の敷地内で起こる様々な希望と目的。ハルを餌にする盛清と風間。それを知らず、ハルを探し続ける遼。





     ◆◆◆





『はぁ……はぁ……はぁ……』

 慎重にそしてひどく苦しそうに歩く遼。進まない足どりの中、泳ぐ目に映る捜し人。校舎の角。人工的に作られた木漏れ日の休憩所。倒れ込んでいるハル。

『ハル!!』

 重い体を奮う遼。一歩一歩に力が入る。何が悪いのか様子が見えないハルの気配。届いた掌。触れる背中から感じる心音。遼はハルを抱えて呼び掛ける。

『ハル! ハ……ハル!!』

 痙攣するまぶた。すぐに開いた目は、遼を凝視する。

『ん……。り……遼……そうか……あたし……あ! 遼!! あなた危険よ!』

 盛清の治療を途中で抜け出したハル。走り続けた事により傷口から出血。バードとの接触後、体力の限界と見えない経緯。遼には無事に見える事でひとまずの安堵と疑念。

『危険? な……何から』

『あんた……ここに誘導されたのよ! それにさっき一瞬見えた……ヒョウか虎か……どうなってるの!?』

 ちぐはぐしそうな会話。

『えっと……座れる?』

 休憩所の地べた。遼は目線を後ろのベンチにやり、ハルも気付き言われた通りに座る。座るハルにしゃがんだままの遼は話し始める。

『あれはチーターで……能力者なんだ』

 あまりにもこの場に相応しくない存在。何が起きているか整理が出来ないハル。

『あれが!? って……誰から!?』

『多分、清正さんから、えっと風間という男が……』

『え!? パパは!!!? 今どうしてるの!』

『ここに来てる! ヘリに乗ってる』

『無事なのね! 良かったあ……それと、遼! あなた加藤陽菜にずっと命狙われてるよ!』

 身に覚えが自分にあるかと、混乱しそうになる思考。泳ぐ目は、自分では結論を出せない。

『命!? 陽菜が? 僕の?』

 思い出せるのは昨日の凶行。達哉の死。理由や状況を伝える最中。伝えた暴力。伝えた異常。「なぜ」という言葉を喉に止める。

『加藤陽菜に遭遇したのよ……』

 追い詰めたバード。出来事をハルは遼に伝える。





     ◆◆◆





『バード! もうわかってる! 振り返りなさい!』

 ハルはバードと決め付ける。鈴村から伝わった「女性」という情報。香水。ハルへの妨害。一番不確かな存在。その人物はゆっくり振り返る。

『さずがですね……あそこから抜け出すなんて』

 一つに束ねた長い黒髪。後ろ姿では気付けなかった。低くした声。見開いた目は、先ほど見た弱さを感じさせない。

『加藤陽菜! あなた……全部あなたが? いや……違うわね! 協力者は誰!?』

 陽菜だけでは考えられない計画。衝動的な行動。

『遼を……殺すまで言わないわ! 撃つなら撃って……別にもう、どうでもいい』

『どうして!? なぜそこまで遼を!?』

『さっき言ったでしょ! 達哉の仇よ! あいつのせいで達哉は死んだ!!』

 明らかな遼への復讐。誤解なのか確信なのか、ハルは少しでも陽菜の思考を変えたい。

『その人がどんな形で死んだか具体的にはわからない。けど殺意があっての死じゃないわ!』

『そんなの関係ない! あいつが居たから達哉は死んだのよ! 能力があろうがなかろうが関係ないわ!! 私は……二日前、妊娠したってわかったの』

 伝わる動機。繋がる衝動。

『達哉の子ね……』

『そうよ!! 私は産むわ! 達哉に伝える事が出来なかった! 反応を見ることも出来なかった!! 達哉の笑顔はもう見れない!! わたしの……私達の未 来をあいつは奪ったのよ! 遼に……遼に同じ思いをさせてやりたかった! あなたがキャンパスで油断するために、逃げる邪魔をしたのよ!』

 言葉を失うハル。曲げない信念。遼の存在否定。

『もうすぐ来るわ……あいつが!』

『誰!? り……遼が!? 無理よ! 昨日死にかけたのよ』

『はっ! ツイてる男よね! やっぱり遼にはあなたみたいな怪しい仲間がいるのね! けれど、ふっ、もうすぐよ!』

 陽菜の目線はハルより遠い。その目線に気付いた時、ハルの上空をヘリコプターが飛ぶ。

『あのヘリ……警官隊のものじゃないわ! ハッ!』

 ハルの視線の隙を見て、陽菜は逃げ出す。

『くそ! 鈴村は!?』

 ハルは回りに警戒しながら、キャンパスの方向に飛ぶヘリコプターを追うように、鈴村の元に向かう。すでに手首の傷口が開き、はっきりとした出血を忘れるほどの勢いで。





     ◆◆◆





『陽菜が……そんな、どんな誤解が……でも』

 原因。遼の表情。それは、自分の存在が原因。いなければ、達哉は生きていたと、自責。頭を抱える手は、見えない償い。遼を眺めるハル。その瞬間は、視野が狭くなっていた。少し目線を上げれば、拳銃を構えた陽菜の存在に気付いていた。

『風間! とめるんじゃ!』

 顔を上げるハル。

『危ない!!』

 ハルに飛びつかれる遼。

『チッ!』

『あぁ!』

 響く銃声音。風間が陽菜に投げつけた機関銃。狙いの逸れた銃口。倒れながら振り返る遼とハルには理解が難しい面々の集まり。

『おじいちゃん……どういうこと!?』

『こういう事だ!』

 風間が突然、遼の手に手錠を掛け、休憩所の細いポールに繋ぐ。

『風間さん!?』

『おいおい、いつまでくっつき合ってんだ? そういうのはあの世でやってくれ』

 起き上がるハルと戸惑う遼。

『なぜこんな事を!』

『俺の任務を綺麗に終わらせるだけだ。結果は同じだけどなぁ……バード嬢ちゃんじゃなく、ちゃんと俺が殺さないとなぁ……大学に到着してからってのが面倒な依頼だったがな。盛清さんよ』

『風間、余計な事を……』

 風間と盛清の言葉に困惑を隠せないハル。風間は距離を空け、落ち着いて拳銃を構える。狙いは足。二つの命令。町田を近付け、遼を片付ける事。
 硬直する遼。ハルは自分の拳銃に触れる。

『お嬢ちゃん静かにしてな……死にたいなら一緒にしてやる』

『待つんじゃ』

『おじいちゃん! 何! これは!』

『おぃおぃ盛清さんよ! 今動き止めとかないと厄介だぜ!?』

 盛清は距離を縮めず、ハルの言葉の答えでなく、違和感を遼に尋ねる。

『遼……君はなぜ、手錠を掛けられる事に、気付かなかったんじゃ!? なぜ、加藤陽菜の構える拳銃に、反応しなかったんじゃ?』

 盛清と風間の目線はハルに。風間は拳銃を向けず、殺意を抑える。
 車椅子を押しながら、ゆっくり距離を縮める盛清。
 周りの空気が読めず、座り込んだままの陽菜。
 車椅子でうなだれる町田に気付く遼。

『その人は……昨日の刑事さん?』

 町田の意識を感じる。ふと見せる噛み締める口元。望んでここに居るのか。理由を知る余裕は遼にはまだない。

『僕には今、能力がない……』

 風間の標的が変わる。遼を相手にするより、覚悟が必要。

『そうか……今、春枝に能力があるのじゃな』

 盛清の確認。想定の範囲。その想定は、温かさとの決別。感傷に浸れない、感情の渦巻く中心。

『なんで早く殺さないの!』

 再度拳銃を構える陽菜。

『陽菜……』

『風間さん! これが最後の任務よ! 達哉の仇よ! 早くこいつを殺して!!』

『バード嬢ちゃんよぉ。順番がある。次邪魔したら、すぐに、達哉君に遭わせるぞ?』

 言葉で伝わる本気。陽菜に次の言葉はでなかった。
 盛清はなるべく丁寧に、自然に、嘆願する。

『春枝や……大事な事なんじゃ! こっちに来ておくれ』

『おじいちゃん! 遼を……このままにしておくわけ!!!?』

 動けない。誰も。ハルを必要とする盛清。ハルを町田に近付けたい風間。遼に復讐をしたい陽菜。

『いいから……さっさと終わらせてよ!! 遼はこのままよ! 私との約束は守ってよね! 風間さんへの報酬も半減する事になるわ!』

 苦い顔をする風間。

『おぃおぃ、盛清さん……何とかしなょ』

 身動き出来ない遼。

『ハル! 逃げて!』

 拳銃を遼に向ける風間。

『黙ってろ……』

 能力を持ったと思われるハルの行動を制限させたい盛清。

『大丈夫じゃ……悪い事にはならん。春枝が来てくれれば話は簡単になるんじゃ』

『おじいちゃん!! これは何も! 私達家族の為にならないわ!』

 問答に苛立ちをあらわに進言する陽菜。

『身内同士の問題なんでしょ? ハルさん! あなたがこの人の言うとおりにしたらいいのよ!』

 引き金を引く風間。

『報酬下がるならよぉ……先にこっちの依頼から終わらせてもいいんだぜ?』

 それぞれの言葉が行き交い、皆は目を盛清に向ける。

『あとにするんじゃ! わしには重大な事が今! 目の前に待っておる!』

『何の事!? おじいちゃん! 何に関わっているの!?』

 無言の盛清。目的が違う者達。誰もが自分を優先させたい。
 ハルが求める盛清からの説明。
 拳銃を構えたままの風間と陽菜
 車椅子を押しながら近付く盛清。陽菜の丁度隣を、通り過ぎるだけに見えた。

『ぁあ!!』

 陽菜の戸惑う声と同時に響く銃声。陽菜より奪った拳銃は、腕を痛ませる風間がうめく為。

『ぐああぁ! こ……この……』

『おじいちゃん!!!? え?』

 風間に銃口を向けたまま、次の行動を始める盛清。低い声で痛みを表現した風間。盛清に見える偶察力。その様子をその場以外で気付いた者がいる。
 離れたキャンパス。おびただしい返り血。ルーアの容姿に、警官隊は硬直し動けない。ルーアに聴こえた、大事な存在の苦しむ声。ルーアの高い鳴き声は、全 ての状況よりも風間の元に。そして盛清は、ハルが風間の様子に目を奪われた隙。擦り足で近付いた殺意なきはずの存在。ハルの背中側の裾を掴み、一瞬の自由 を奪う為に足を掛け、風間に向かって突き飛ばした。

『え!!!?』

 盛清に振り向こうとする事が自然。ハルが行動の前に気付いたのは、風間の表情。ぶつかってきたハルよりも気になる目線。同時に理解するハルの聴覚。甲高い響き。ハルにとって

それはすでに出会った存在感。盛清とは違う方向に振り向くハル。見通しのいい校舎に囲まれた中庭。見えたのは、動くライン。朱いライン。最短の道を理解し ている迷いなきライン。風間の前に立つハル。ラインが近づいてくる。ハルに廻る思考。逃げる事は無意味。すでに標的の目は、ハルを捕らえている。

――チーターが来る!? 即死なら……首にくる!?

 両腕を首に巻くように、身をかがめて引かない態勢。

『ハル!!』

『くうぅ!!』

 腕に噛み付かれた痛みより、先に確認が出来たルーアの顔。現れた野生的な暴力。陽菜にとっては究極な恐怖。

『キャアアァ!!』

 血まみれのルーアの姿。革の上着に食い込む牙。執拗(しつよう)に噛むように見えたルーア。一瞬の静止。ルーアは突然、力が抜けたようにその場に倒れる。

『あぁ……く……ハァ……ハァ……おじいちゃん……ハァ……ハァ……どういう……事……』

『こういうことじゃ』

 車椅子をすでにハルの前まで寄せた盛清。
 ハルの目の前に町田。その表情は、引き攣らせ、何か拒みたいのか。下がる口元は、情けなさよりも、迷いのジレンマ。迷う町田の耳元で囁く盛清。

『能力に支配されとれば、何の感情もなく楽だったなのう。じゃが、これで終わりじゃ』

 あと一歩、そんな距離感。ハルから見た町田の表情。それは引き攣りが無くなり、端正な顔つきに。

『うぁぁぁあああああ!!!!』

 猛る町田。ハルに向けた背中。見えなくても、掴める標的。振り絞る声と力。正確に掴んだ盛清の襟と腕。刑事として慣れた柔術は、声を発する暇も与えず に、盛清を地面にたたき付ける。盛清を地面と自分で挟み込み、左手で押さえた首。振りかぶった右手。盛清の表情が見えない町田は、躊躇なく振り下ろす拳。

『ま、待て! ぶがぁ!!!!』

 再び振りかぶる拳は、目標を見失わない。見えてれば手加減を考えられた。埋まる拳。また振りかぶる。更に拳と地面に挟まれる盛清。すでに声が出ない。

『もうやめて!!』

 ハルの声に動きが止まる町田。その一瞬は、盛清に鉤の手を握らせる隙。

『がはぁ!』

 腹部への違和感から激痛。見えない傷口と、すでに隙を与えた見えない攻撃。後方への回避。倒れた先は遼の目の前。逃げなければ裂かれていた首。町田に気を取られたハル。ハルの左手を両手で握る盛清。背筋が震える様な温もり。

『させるか!!』

 ハルと盛清を抱える様に飛びつく風間。ルーアにつまづくハル。倒れ込む三人の先には、倒れた町田に手錠を繋がれた遼。

『がぁ!』『あぁ!』

 落ちている拳銃を静かに拾う陽菜。起き上がるルーア。

『くぅ……ハル? 大丈夫?』

 順次起き上がるハルに風間。起き上がらない町田と盛清。一番状況の複雑さを理解している風間。

『誰が……能力者だ!』

 目つきが変わるハルと陽菜。目的の違う面々。誰かの攻撃は、誰かの死に。

『あんた……何が目的なんだよ!!』

 盛清に向かって叫ぶ風間。

『どうなってる……』

『おじいちゃん……』

 理解が及ばない温度差がある遼とハル。奇妙な凹凸を感じたくなる、盛清の朱く腫れた顔。それでも、ゆっくり体を上げながら、おそらく笑みを浮かべているであろう崩れた表情で言葉を零す。

『ガハハァ……ハァ……わしが夢柱になることで! 三重重複(さんじゅうちょうふく)の……完成が見えたわい!!』





【告白】





 盛清が言い放ったと同時に衝撃が走った。それは盛清の放つ言葉の意味ではなく、突然聴こえてくる爆発音。想像できること。それはこの場にいない者。

『パパ!?』

 この場に居ない事での必然性。警官隊との相手になりえる存在。それまでの出来事へ時間をさかのぼる。





     ◆◆◆





 着陸していたヘリコプターのドア付近で、ルーアと共に威嚇する清正。
 清正とルーアを制圧したい警官隊。ルーアによる直前の惨劇は、警官隊の攻撃を躊躇させるには十分な結果。ルーアの背後に目を配る清正。人員を集め、刺激しない様に囲む警官隊。
 ルーアの挙動が突然俊敏になった。首を細かく動かし、正確な位置を探る様子。それはルーアにしか聴こえない風間の唸り。緊張が高まる警官隊の視線には、瞬きの間に消えた朱い獣。

『校舎裏!?』

 朱い軌道を確認出来た清正。ルーアの所在を確認したい無数の目。清正にとっては、すでに消えた戦力。周りが警戒してる今、ヘリコプターのエンジンをかける清正。連絡を取り合う機動隊。手振りは、間合いを詰める合図。

『くっ! マズイ!』

 近付かせたくない間合い。時間が必要な離陸。ヘリコプターに装備された機関砲の角度を無作為の様に変える。些細な機関砲の動きに反応する機動隊。機関砲 の先に居る警官隊に人払いの指示。ヘリコプターの後ろに歩み寄る機動隊。邪魔が有り得ない制圧への自信。防御に徹する警官隊の目を光らせる中、ヘリコプ ターの真正面から向かって走ってくる者。清正にとっては、止めるべきか、撃つべきか。警官隊からは絶妙な距離間。角度を固定する機関砲。清正に銃撃される 可能性。全てに理解の及ばない行動は、機動隊の制圧を躊躇させる。今にも離陸を始めようとするヘリコプターのドアに手を掛ける男。

『ハアッ! ハアッ!』

 肩に掛けた機関銃を構える清正。

『まっ待て! 俺はハルって女と逃げようとしたんだ!』

 清正が機関砲で銃撃を躊躇した答え。

『お前……鈴村か!?』

『そうだ! あの女の言う通りキャンパスに出たらあんた達が降ってきた!! そして……』

 清正のよそ見を見逃さない、高い位置からのスコープの目。狙撃部隊は発砲する。

『があ!!』

 ヘリコプターの正面硝子にはシャープな穴。機関銃を落とす清正へ走る肩の激痛。

『鈴村ー! 生きたかったらヘリを……』

 すでに操縦席に近付いていた鈴村。

『お前……操縦出来るのか?』

『で、出来ねえ……けど…「見えるまま」だ!』

 ヘリコプターは暫く不安定な動きをしながら応戦するように、校舎の高い場所に機関砲を砲撃する。激しく割れる校舎の硝子。狙撃手は一旦避難する。ヘリコプターは安定を取り戻し、警官隊に機関砲を向け威嚇する。
 その衝撃がハルのいる場所へ不安を運んだ。

『お〜お〜……向こうは派手にやっとるのう……春枝、ご苦労じゃった』

『はぁ……はぁ……な、何の話?』

『くぁああああぁぁぁ!!』

 殺気か狂喜と見える六者の勘。能力者に共通した霹靂(へきれき)な雄叫び。能力のないルーアは踏み込めない存在感。

『動かないで!!』

 狂喜かと勘を働かせた者。拳銃を構えた陽菜を勇姿に見ない六者。
 拳銃を構えてから自分の行動が愚かだと気づく陽菜。
 危険な刹那に嘲笑うのは盛清。

『がはは! 何も起きん! フェムはお前を意識しておらんわぁ! じゃが』

 目が泳ぐ陽菜の視界から消える盛清。

『くぅ!! がぁぁ!』

 大袈裟すぎる腕力に吹き飛ばされた風間。そして風間のいた位置に凜と立つ盛清。風間が殺意を持ち忍ばせていた、鞘が必要なシースナイフは、盛清の手中。

『もう、ええじゃろ……風間よ』

 風間が受けたダメージの深さ。機動隊による左足の銃撃。盛清による左腕の銃撃。盛清による右腕の変形。自分を眺める風間。

『は、はは……いいぜ、好きにしな』

 覚悟の風間と狂気な盛清との間を、風間に向かって力なく近付くルーア。風間の右腕を舐めると、その場で静かに寝そべる。

『ルーア……』

 シースナイフを構える盛清の殺気。

『動かないで下さい!! 僕には能力があります!』

 動きを止める盛清。振り返り、辺りを眺める。
 意識の見えない町田。
 震える陽菜。
 ルーアに噛まれた腕を組んだまま盛清の目を離さないハル。
 手錠を繋がれたままの遼
 盛清が見るフェムに見え隠れする流れ。

『確かに……そうかもしれんな』

 手錠の無意味さを感じる盛清。遼への警戒は、見せられた風間との駆け引きから、そして、冷静になってわかる、この世に三体分しかない能力。もうひとりの能力者は誰かという懸念。

『おじいちゃん! 説明して!』

 動きを止めた盛清に感じる冷静。

『あなたは! 何が目的なの!? 三重重複? なに? 私との約束は!?』

 そんな陽菜を含め、逃げられない者達。求めるものは納得。

『約束か? わしの目的と比べたら取るに足らんわ!』

 開き直りに見える本音。願いと希望が、小さく、薄く、消えそうな泡。

『全部……嘘? 利用しただけ?』

 盛清に見えるフェムの奮えは、拳銃を握る陽菜の感情と同化。回避可能な盛清の余裕。

『そうじゃ! あぁ! そうじゃ!! わしの存在を隠す為に利用したんじゃ! 加藤陽菜! お前が遼が町田と鈴村を相手にしたところを目撃したことで! もしかして、遼が達哉を殺したのではないかと言う疑念の心理を利用しただけじゃ!!』

『利用ですって!?』

『皆にいきさつを言おうではないか! わしは加藤陽菜に連絡を取り、こう言ったんじゃ!』

 盛清の語る陽菜とのやりとり。さかのぼる瞬間は、公園での出来事の後。





     ◆◆◆





『イヤアァァァァ』

 遼の凶行を目の当たりにした陽菜。遼に背を向けて逃げる様に走る陽菜は、自然と駐車した車に向かう。

『ハァ! ハァ! 何? 何なの? 遼は! 遼になにが!? ハァ! ハァ!』

 駐車場。車が見える。すると陽菜の車に腰を付け、明らかに待ち構える者。

『誰? 今! あの遼! い……いぇ……』

 取り乱す陽菜に話し掛ける者。

『大変な目に会いましたね。私は出浦清正と申します。どうかこの携帯の方と話して下さい。今の混乱した理由が聞けますよ』

 理由。
 震えの原因。
 遼。
 達哉。
 入り混じる感情と目にした現実。震えながらも、携帯電話を手に、答えを欲する耳へあてる。

『はい……』

『広金達哉は……水谷遼に殺された』

 早い結論。すぐに聴きたい理由。陽菜が口を開けるまでに続いて聴こえる言葉。

『奇妙な力があり、身近な者を死に追いやる』

 凶行を理解している者。高齢と感じさせる深み。

『妊娠……していたんじゃろ? 広金達哉の子を』

 調べられている形跡。まだ言葉を発していない陽菜。

『遼は……知っていたんじゃよ! そう! 知っていた! あの奇妙な能力はな! 自分の死を免れる能力なんじゃ! 自分の身代わりになるために、未来ある 友人を巻き込んだんじゃ! 大きな力が働いとる……もしかすると、警察内部の協力者か組織的か、先ほど見たのも……誤魔化すための演出かもしれんの……』

 陽菜の言葉を待つ盛清。清正の目に映る震えが止まった陽菜。瞬きも許さない見開いた目には、清正にとって何度か目にした事のある殺意の瞬間。

『遼を許せない……復讐したい……』

『協力すれば……それは叶うだろう。清正に後は聞いておくれ』





     ◆◆◆





 経緯を理解した遼とハル。

『陽菜! それは違っ! いや……』

 嘘と本当が混じる話。重要なのは、遼に備わった能力。遼が原因で死んだ達哉。否定がしきれない遼。

『そうじゃ! 遼よ! 君が原因で広金達哉は死んだ! 大部分間違いないわい!』

 嘲笑いを感じる盛清の口調。笑みを残しながら振り返り、横たわるルーアと座り込んだままの風間を眺める。

『そこで問題だったのが風間の存在じゃ! 清正の能力を他国に売りたがっとったからなあ! じゃが所詮傭兵! 金と新しい身分を約束すれば! 味方となる! 加藤陽菜を経由して! 風間に報酬を払い! 陰で動かしとったんじゃ!』

 盛清を睨み、唾を吐く風間。

『な〜に気持ち良くほざいてんだ? ただ利害が一致しただけじゃねえか?』

 風間の皮肉に顔色を変えない盛清。

『その隙を見付けられる者がどれだけおるんじゃ! カオスをまとめられるのは! セレンディピティを理解した者だけの能力じゃ! カッハッハア!』

 甲高く笑う盛清に合わせる様に、軽蔑を含ませた笑いをする風間。そして胸のポケットから取り出したタバコに火を点ける。

『けどよ〜……あんたの思惑……失敗したんじゃないのか? その〜、重複? 出来たのか?』

 風間の笑みに表情を落ち着かせる盛清。ハルが見付けたかった、盛清に付け入る隙。

『おじいちゃん……もう、ここまでにしようよ……いつものおじいちゃんに戻って』

 日常へ戻る誘い。ハルからの赦し。ハルに背中を向けている盛清の複雑な表情を唯一理解した風間。変化する微表情の最後に落ち着いた顔は、戦場でよく目にした、覚悟を決めた顔。

『チッ……お嬢ちゃん……この人はもう、戻らねえよ』

 ハルに背中を向けていた盛清は振り返り、信念を発する。

『わしの人生の最終目的は!! 能力の重複した未来じゃ!!』

 人生の目標を言い切る盛清。温度差の違いは、目標がもたらす意味。ハルにとっては日常を平穏にする願い。

『何が興るか知らないわ! けど、それがここまでするほど重要な事なの!?』

 簡単に言い返さない盛清の力強く締めた口。ゆっくり開きはじめた言葉を選ぶ盛清。

『本当はな……理解は……結果を知った後でいいんじゃ……順番があった。まず……春枝と遼を合わせた。そしてわしは警察に通報し、加藤陽菜経由で風間に傭 兵を集めさせて、森林を警戒させた。きっと能力を使いこなしてる春枝と違う遼は、死期を呼ぶ負傷をして、春枝の能力を奪い二重重複となると思った』

『あれは……おじいちゃんが呼んだの!?』

 ハルの責めを受け流す盛清。荒々しさを隠し、丁寧に言葉を進める。

『能力が春枝から無くなるのは清正の望むものでもあった。だが春枝は優秀すぎた。服を奪い身代わりとなって逃がし、腕を撃って死刑囚から死ぬ前に奪ったと は、よくやったものじゃ……じゃが春枝も遼も放っておけば死ビト同士。能力は動かんかった。清正の救出に春枝も遼も死期が遠ざかった。本当はその時完成す るはずじゃった。春枝の偶察力を、わしは見くびっておった。風間に遼の拉致を依頼……清正は勝手に根絶やしにしようとしたが、それは能力で遼は乗り切っ た。船で起きた惨劇は田村の暴走じゃな。そしてわしは風間に清正から能力を奪うよう依頼した……殺さぬようにとな。風間に再度遼の拉致を依頼したが勝手に ルーアに能力を移しとった。なんとか春枝のおるこの大学へ能力者全員を集めたかった……』

 度々言葉の横槍を出したい空気感。各々に浮かぶ疑問。攻撃を受けた者ほど、軽口な横槍で、素朴な疑問を発しやすい。

『なんでよぉ……そんな面倒な事をしたんだ? そもそも三人そろってたんだからよ! 勝手に身内で殺し合えばいいだろうが!』

 風間の質問は、盛清から引き出す本音。

『世間に知られる事件にしなければ、理解が遠いんじゃ……人を集めなければ……自分達に興る自体への理解。情報は混乱を招く事もあれば、防ぐ事にもなる!』

 はっきりと見せない本音。

『どういう……』

 続けざまに口を開きそうな風間より早く、話を続ける盛清。

『元々二人が生まれるまでこの世に能力者はわし一人! 二人目に恵まれなかったわしは孫の代まで待ち、能力者の存在が他国に知れ、そのうちな……二人が死ぬような目に合うかとな! なんとか能力者が危険な目に合う環境が必要でな!』

 ハルの傷が広がる、心と体。見たくなかった。祖父である盛清の豹変。

『私達が危険な目に遇うために!? ハァ……ハァ……それで鈴村を利用したの!?』

『朝、春枝に合う前に鈴村の元に行ってな。携帯電話を枕の下に隠し、メタンフェタミンを注入したんじゃ』

『覚せい剤……おじいちゃん……なんて事を……鈴村が問題を起こすため!?』

『そうじゃ……加藤陽菜に冷静な判断が出来ない鈴村を更に混乱させて事件をつくり、完全包囲させて、ここにくれば、遼が春枝を捜すと思っとった。じゃからその時がチャンスじゃった。それが今じゃ』

 露骨に続く問答。隠さない盛清。避けたいのは、言葉を止めた後の狂気。質問を続けるハル。

『刑事に尾行させたのは誰?』

『あれは清正じゃ……追い回されるのがいやじゃたからな。死期のある者にわしの能力を移せば、自分と春枝が危険な目に合わないだろうという保身のため、わざと遼を危険な目に合わせて、事件を起こせば拉致されても誰も救おうとせんじゃろ。全てはわしの手の内じゃ……』

『そんな事は私にはどうでもいい! 達哉の仇を約束通りとって!』

 空気を読まない性格は、純粋な目的。復讐心は、未来を想像する余裕のない陽菜。

『それも違うんじゃ……』

『違う? どういうこと?』

『わしの能力が最初に移ったのは……遼ではない……広金達哉じゃ』

『え?!』

『なんで……』

 困惑するハルと陽菜。

『わしは遼への能力の移動に失敗したんじゃ。テーブルをまたいでひと時……移りきるには微妙な距離じゃった。それも遼が去った後で気付いた。立て付けの悪 い本棚から本が倒れてきてな、わしは無意識に避けとった。わしがあそこで本屋をやっとったのは、なるべく人口が少ない土地で死ビトを捜したかった。いつ能 力の反射神経で目立つ行動をとるかわからん。そして人を調べたり捜しやすい。近辺の友人を調べさせておった。同じ電車を使いそうな友人。遼の死の運命を請 け負う者を調べさせた……田村にな』

『田村?』

 風間の疑念に見向きもしない盛清は、目線をゆっくりと繋がれた者に向ける。

『遼よ……二度目の本屋に来た時、清正以外にいたじゃろ? 植木鉢が落ちてきた時じゃ』

 唯一理解出来る当事者は、尊敬も感動もないかたりべに簡単な返事。

『いた……』

『あれが船でお前の能力を奪おうとした人間、田村じゃ。能力に興味があってな……あれはきっと能力を見るため、わざと落としたのじゃ。そんなミスをする男 じゃない。とても優秀な部下じゃが野心が強かった。だから能力の詳細も教えんかった。風間も含めた関わった人間の監視役じゃった』

 ため息を吐く風間。目線を風間に向ける盛清。

『続けろよ』

 にやけた笑みで告白を続ける盛清。話の節々に埋まる関係性のパズル。

『わしはすぐさま田村が運転する車に乗り込み、自転車に乗る遼をきわどく追い抜き、田村が監視していた一人、広金達哉に接触したんじゃ』

『なぜ達哉は僕に何も……』

『彼にな、身内のふりをして、遼が自殺を考えておるかもしれんと、君の事は遼から良く聞いていたから頼りたいと……まず彼にゆっくり近付いて良く観察する のじゃと。するとな……彼は言ったよ。「遼は親友です! 僕はそんなこと絶対させません! 僕に遼を止められる方法があるなら教えて下さい! 今日は遼の そばに居ます」とな。達哉の能力が遼に移ったわけじゃ。お互い殺す理由はないようじゃな』

『ぁ……あああああー!! そ、そんな……達哉……はあぁ……』

 泣き崩れる陽菜。復讐心へのヒビ。果たされた友情。発言権を失ったバードという人格。終わりの近い告白。

『全てはこの重複のためじゃった。全ての人間が幸福となる』

『おいおい……そんなにべらべら喋ってて大丈夫か? 協力も共感も得られないぜ?』

『どうでもええ』

『どういうことだ!』

『三重重複とはな……わしの先祖の一族が一時期爆発的に増えたきっかけなんじゃ。一度三重重複となるともう能力は永久になくならん。そして触れるもの全て に能力が移る! 世界中が能力者となるんじゃ! ここに能力者が集まっておる時点で重複するのは簡単じゃ! カハハハハ! 風間よ……玉砕覚悟で攻撃して みよ! わしに死期が見えれば! わしに能力が集まる! わしが全員を死ぬ目に合わせれば! 誰かこの中の能力者に全て集まる! わしに誰か勝てるのか?  誰も逃がしはせん! 祖先すべての技を引き継いだわしは敵なしじゃ!』

『くっ!!』

『もうお前らにあらがうすべはない! わしは世界中の一族の長じゃ! わしが動かなくとも春枝あたりが移してくれるわ』

『私を! 春枝と呼ぶなー! その名前は今捨てた!! あんたは……最低だ……』

 盛清への怒りと思い出の感情が混ざる。理解したい。理解できない。泣き崩れそうな顔を浮かべるハル。

『いつから……いつからそうなの? ずっと……こんなことの為に? 私とパパが……うぅ……いつか死ぬ目に遭うことを……願ってたの?』

『怒るのも泣くのも自由じゃ……全ての者は一族となり、全ての者に運命の道が見える! 人類の秩序を保つためにも、皆が道を失わんようにする必要がある!  その道は一番能力を根絶やしにしないわしに繋がる! 知っておったか? フェムとは、能力を殺さない為の能力なのじゃ!』

――能力の為の能力! やっぱり!

 遼は自分の考えが想像していたものだと感じる。

『放射的に広がる事を望む能力! どこから始まりか、何から出現した能力か、それは……おとぎ話じゃ……話したところで、理解できる者はおらん……元々……遼には、もっと違う能力を期待したんじゃ』

『違う能力?』

『わからんかった……わかったところで確認できん』

『なんのことですか!?』

 盛清の見えない本音にハッキリさせたい遼。神のみぞ知るという雰囲気の言葉遊び。

『自覚も確証もなければ、ないも同然じゃ! ならば活用するまでじゃ! 重複さえ完成すれば! わしにとっての幸福の始まりじゃアーハッハッハッハッ!』

 ハルは盛清への尊敬が崩れ落ち、軽蔑的な目に変わり、何かを思い詰めたように、そしてその思いを伝えさせないように、涙を止めて、同じ雰囲気な質問をする。

『どうして鈴村を狙撃手に撃たせたの』

『時間を稼ぐ為じゃ……一度は鈴村に移るがあの状況じゃ! 鈴村には荷が重い! 優秀な春枝じゃ、能力を有効活用してくれたわ! 鈴村から取り戻すのに手間は掛かったがな』

『そう……』

 あたりを見回すハル。横たわるルーアに座り込む風間。手錠に繋がれた遼に倒れたままの町田。戦意も言葉も失った陽菜。

『ねぇ……二重重複はどうなるの』

『今更変な事を聞くの……能力が更に強まり、見た者全てのフェムも見える。じゃが普通に死ビトに移るような中途半端なもんじゃ』

『そう……』

 冷たい風が吹く。ハルの表情が自分の髪で隠れる。次に表情が見えた刹那、盛清の表情も固くなる。それは盛清にとって見たことのない孫の殺意。

『いいわ……私の能力……欲しい?』

 唾を飲む盛清。様子を察する風間。盛清にとって、難しい相手。覚悟をしていた盛清。覚悟をしたハル。ハルの一歩は、フェムを見ているような雰囲気を出さないほどの無防備。

『どっちに能力はつくのかしらね』

『どちらじゃろな……』

『能力を守るための能力よね』

『未来へ繋ぐ能力じゃ……』

 交互に会話する孫と祖父。言葉の度に近づく距離感。

『能力……ちょうだい……最後のおねだりよ?』

 すわらせた目元。微笑。痛みを感じさせない指に伝う血。鉤の手を握りこむ盛清。

『それが未来に繋がるなら……くれてやりたいわい』

 ハルと盛清を見つめる風間。その目付きは、最後まで探している付け入る隙。能力者同士の戦いと思われる睨み合いに、負傷したハルにある可能性。それは盛清からは見えないハルの背中。
 横から見つめる風間に見えたハルの勝機な可能性。ハルのベルトに見えた勝機は、スタンガン。風間がそれを見付けたと同時か、盛清に見えている揺れるフェ ムの変化。緊張に盛清は強く握る。鉤の手とは別の手にもつ、風間から奪っていたシースナイフも力強く。それは風間だけへの警戒ではない。

『遼よ、今にでも飛びかかりそうなフェムの動きじゃな』

『ハアァァァァアアア!!』

 盛清の言葉を隙とみて飛びかかるハル。

『ルーア!!』

 同時に勢いに任せて駆け走る風間とルーア。盛清が警戒した手錠に繋がれた遼は、どこから見つけたものか、上着の内ポケットから隠し持っていた取り出す拳銃。

『ああぁぁあああーー!!』

 乾いた発砲音が耳に止まらない必死。盛清に見えた勝機。盛清にとって危険があるならば、それは油断。
 遼が能力を用い、襲い掛かるという。だが遼が、どこから手に入れたのか、盛清にとって能力より「軽視できる」拳銃を持ち出した事で、盛清はフェムを見るまでもなく、素人には拳銃を扱えない確信。
 ハルの初動は、能力を「感じさせない」動き。ハルの虚勢にのまれない事で冷静になる盛清。
 足をとらえようと狙うルーアは、シースナイフではねられる、老体なルーアの首。
 ルーアを期待して盛清への羽交い締めを狙っていた風間の首を、鉤の手でえぐる。
 ハルの所持品を理解している盛清は、スタンガンを持ち出すハルの腕が折れるほど蹴り上げ、手錠に繋がれた遼の体にシースナイフを投げ込み意識を奪い、残る町田と陽菜を利用から粛清へ。
 最後に能力の有無を確認し、手錠に繋がれた遼の首を……。
 そうなる予定。そうなる予定だったな……「盛清よ」。確かにそうなる。いや、それは実際の出来事。だがな、それは「起きた事だが、起こらなかったんだよ」。
 盛清よ。だから、お前が望む未来の期待をやろう
 今までお前たちを、ずっと監視してきた「俺」が。
 本屋でも、森林でも、船でも、全てを眺めてきた。未来を予定通りにするために!
 俺を見るんだ!!

『盛清よ! 俺をみよ!! 轟く俺の声は聴こえるか! 俺はお前たちにとって居るはずのない存在! お前たちにとって理解の及ばない現象! 走ればすぐに届く距離だろう。だがまずは、見ずにはいられない俺を! 少なくとも……盛清、お前には、理解出来るのではないか?』

『な……なんて事じゃ!』

『盛清。お前はルーアに足を噛まれながらも、俺から目を離せないだろう。この声に気付いた者。聞き覚えのある者。一緒に笑った者。愛し合った恋人よ。酒を交わした仲間よ』

『た! 達哉?』






『やはり最初に名前を発したか、遼! 親友からの奇怪な眼差しというものか』

『た! え? 達哉? 達哉? 達哉!?』

『泣き崩れていた陽菜よ、恋人への哀愁か? お前たちにとって目の前に映る現実を理解出来ないカオスか? 盛清よ、お前はこの場を制圧することが出来た。 ある者の死により、無意識のデジャヴュ。だが、俺の存在により、盛清。お前は確実な未来を見た。理性をもって戦う理由が見えなくなった。遼の発砲が外れた と同時に、出現した俺をお前は見た。フェムが優先した、俺の存在。風間に羽交い締めされているお前は、それでも俺から目を離せない。お前は今を理解した い! いや、したのだ』

『あれは……広金……達哉……なの?』

『ハルよ、スタンガンは役に立たなかったな』

『何が……起きてるんだ? あれがなんだっていうんだ?』

『俺の存在が、何故不思議なのか理解出来ないか、風間。だがここにいる者には全てが不可思議ではないはずだ。すでにお前たちは、普通じゃ理解の及ばない能力を奪い合い、それを認めている。柔軟なはずだ』

『認めるしかないようじゃな……そして、わしが足掻かなくとも……想像した未来が存在している事も』

『そうだ、その認識で間違いはない。俺はこれからも世界を眺める。人間を、進化を、必要性を。そしてこの世界は』――まやかしだということも……。だが、それを決めるのは、まだ……俺ではない。

『消えた……達哉! おい! どこだ!? この世界がなんだっていうんだ!?』

 遼よ、お前だけでなく、お前たちの一挙一動をこれからも確認する。未熟な存在で終わるのか。未熟さは寿命の短さのせいなのか。

『お、おじいちゃん……今のはなんなの? 広金達哉本人なの?』

 ハルよ、お前だけでなく、お前たち全ての認識は間違いだらけだ。まず、理解には届かず、人に語ることもないだろう。

『春枝や……わからんままでええ』

 盛清よ、不安は無くなっただろう? 今お前は何を望む? 落胆か? それとも……。

『この世のカラクリが理解できたわい……』

『ハア! ハア! 盛清さんよ! さっきのがなんだか知らねえが! ハア! ハア! あんたは! 終わりだ!』

 風間よ、その体と老体のルーアで、本当に抑え込めたと思えるのか?

『仕切り直しじゃ! 目覚めるための!』

 その選択をしたか……盛清。それは自身の欲求からか? それが人間か。

『遼! デジャヴュを起こしてもらうぞ!』

 盛清、それを理解しているのも、この世でお前ひとりだろう。

『デジャヴュ?』

『この! 狂ったか!?』

 遼、風間、お前たちは混乱するほかない。だれもが記憶にない。記録もない。理解も出来ない。「遼がすでに、昨日からの一日で、数十回死んでいることなど」。
 通学に使う坂でも、電車でも、公園でも、森林でも、船でも、大学でも、繰り返しただけだ。
 やはり、不幸が予想出来る能力だけでは、不幸は回避出来ない。五感を超えた能力は、人間にふさわしくない。与えれば、無意識のmonstrousモンストラス(怪物の世界)。

『加藤陽菜! 遼を撃つのじゃ!!』

『え!? でも……達哉がさっき』

『役に立たん!! クァァァアアアアアアア!!』

 能力を発揮する盛清に、風間やルーアが抑え込めるわけがない。ならハルがスタンガンでおとなしくさせるか?

『やれ! お嬢ちゃん!!』

『おじいちゃん!! あああー!!』

『グガ! ガア! ガアア! 遼!!』

 もがく盛清よ。お前は俺が想像する人間とは違うな。お前とは未来を語れない。お前のは、ただの自己満足だ。やはり期待できるのは、次世代なのか?

『グガアアアアア!! リョーーー!!』

『この腕力! 何か違う生き物のようだ! 遼!! 撃てーー!!』

『は! はい!』

 無意識の怪物への変貌か? 自分の欲望をむき出したか? 抑えられない我が儘な自負心か? コントロールを失うと、人間はだれでも怪物になると言えよ う。そして一度外した遼の手元。狙いに自信のない震え。外した素人に託すほど、風間にも限界がきたか。遼よ……その迷いの先には「また同じ時間を繰り返す 事に」なるぞ?

『う……うつぶせになれ……肘を固定して』

『町田さん!』

 盲目の町田よ。お前は盛清に助けられた義理と、光を与えられる希望と、遼の奇行を持ち出し、残酷な未来を盛清より吹き込まれ、人類の平和を語る盛清の計画に、期待し、同調した。能力を操る体力も精神力もない事を知らずに。

『連続で撃て!!』

『はい!! ああ! 駄目です! 狙えない!』

『グガアアアアアア!!』

『があ!!』

『あああ!!』

 腕を振り回し、風間とハルを振り払う盛清よ。何を目的に足掻く。そして、密かに町田にささやく遼よ。無意識にも歴史に巻き込まれる血筋。セレンディピティを備える者は、いつの世界でも、誰かを護る者に備わる。

『ま、町田さん……僕とハルには……この場所に来てから「元々」能力はありません!! あるとすれば、あなただけです!!』

『そうか……この……銃口は……出浦盛清の方向だな?』

『は! はい!!』

『出浦ーー!!!!』

 盛清に突進する町田よ。それが正解だ。お前の先に待つ怪物に、自分を護る余裕はない。繰り返されない事は、一つの正解だ。お前の背中から突き出た盛清の腕は、再びお前に光を与える事だろう。





【自分の道】





『があ!!』

 体に刺さった盛清の腕を抜きつつ、蹴り飛ばす町田よ。見えているだろう? 光が。

『あ……が……みんな……逃げろ……能力を……奪われた!!』

『くう……ハハ……カハハハハ! 能力をわしに奪われたか! 町田よ! 気を失うかと思うほど強い蹴りじゃたわい!! カハハハハ!』

 優位感、盛清、お前にとっての悦楽な歓喜なのだろう。

『盛清さん!! お願いです! もう僕たちには能力がありません! 邪魔もしません! もう……関わらないで下さい……』

 最後の嘆願か……お前には、どんな近い未来が見えている? 何を願う? だが、お前の言葉が、正解となる。

『このわしが、ついに、重複できたということか! こんなに実感のないものか!』

『いえ……僕にはあなたが、フェムが、光って見えます……何か、とてつもない力を感じます』

『俺にもだ……目の見えない……俺にもわかる……』

『そうか!! そうか!! 片鱗があるのじゃな! わしは完成したんじゃな! 三重重複を!! カハハハ! ええじゃろう、目的を達成したんじゃ! 遼よ! 特に今、お前には手が出せんのじゃ……お前は特別な人間じゃからな』

 そう、特別な人間……今の世界の中では。
 そして盛清よ、お前は特別になりたかった。特別になれなかった。遼に嫉妬する。凡人だ。

『おじいちゃん……今までありがとう……今朝までは……大好きだったわ』

 背中を向ける過去への決別か。お互いの正義が違う時、このような争いが起きるものか。
 いつの時代も変わらない。だから、人間は、破滅に向かう。

『春枝や、わしのフェムが見えるということは……すでに全員が能力者となったということか……わしを放っておけるんか? 今にもルーアが襲ってきそうじゃ……わしの能力はこいつに負けるもんでもないが、試すか? 風間よ』

 探る盛清の眼光……殺気立つのは野生の牙と主人の言葉か。

『風間さん……ルーアには動かないように止めてて下さい……お願いします』

 ハルの言葉に同調するか?

『く、あ〜〜……ルーア……動くな』

『なんじゃ……まあ良い、わしはこれからが忙しい! 長生きせんとなあ! カッハッハッ!』

 ハルに背中を向ける盛清の高笑いは、盛清にとってのセレンディピティの完成を意味するのか。

『なんでやらせねえ! ルーアなら!』

『いいの……ひと時の悦楽よ……道は自分で決めてもらうわ……だって、見えないの。あの人のフェムが……何か、ある』

 風間の目線の先に見える遼のうなずきは、その何かを期待せずにはいられないだろう。
 盛清に駆け寄る加藤陽菜よ。お前はもう、広金達哉に逢えない。

『ねえ! 達哉は!? どうやったらまた会えるの!?』

『あれは、何者でもないんじゃ……広金達哉の姿でなくてもいいんじゃよ、きっとなあ……そうじゃろ!! 聞こえてるんじゃろ! あんたには全て! 感謝しとるぞ! わしを選んだ事をなあ! そのうち見えるじゃろ!! 別の能力も!!』

 盛清よ、俺はお前を、選ばない。期待はした。だから、遼と初めてすれ違った時、お前に見せた。いくつもの、遼の死を。だからお前は信じた。特殊な能力を持ち、知識を得たから。この世界の始まりを知ったから。
 そして加藤陽菜。確かにこの姿でなくても良かった。だが、この体が表現をしやすかった。お前たちの記憶に新しい事もあり、都合が良かった。それだけだ。 だが、それだけの理由でも、多少の必然性を感じずにはいられない。だから多少は期待しよう。広金達哉の子供に、次の世代に。そして、これ以上、俺の解釈は 控えよう。無駄口は控えよう。これからは「記録」だけを、しばらくは見たままの情景を。ここはまだ、お前たちの世界だから、その時がくるまで、眺めるだけ にしよう……。
 盛清はヘリコプターの先、警官隊に向かってゆっくり歩きだす。

『さあ! 無駄な争いを終わらす時じゃあ!!』

 狙撃部隊は操縦席に向かって集中発砲している。ヘリコプターは安定を失い危険な動きを始める。

『パパ!』

 墜落途中ヘリコプターから清正と鈴村が飛び出す。

『がああ!』

 二人は互いが互いを抱えるように飛び出してきた。突然、眼光鋭く清正は、鈴村を思い切り蹴り飛ばす。

『な!! ぐあぁ!!』

 清正は狙っていたかのように、鈴村は緑生い茂る人工花壇の中に柔らかく転がる。負傷したはずの両足で着地した清正の近くに、盛清が立っている。

『お前が立てるとは! やはり能力が拡散したようじゃな! そして清正、ご苦労じゃったな……もう目的は果たした』

『父さん!! いったいどんなことが』

『パパ! こっちに!』

 清正はハルの元に駆け寄ろうとする。するとき見えているのは、自分のフェムだけでなく、全ての者のフェム。誰にとって最善の道かが読める奇跡。その中でフェムの見えない近い存在。そして操縦を失ったヘリコプターが盛清と清正に、今、正に衝突しようと目前へと近づく。

『清正……お前が長になるのは、もっと先になりそうじゃわい! 近づく危機からは全て回避できる! わしにとってこんなものは……ん!?』

『パパ!!』

 ハルは清正に向かって走り出す。

『ハル! フェムが細い!! 来るなーー!! フアアアア!!』

 両足に包帯を巻かれた清正の走り出す奇跡の初速。

『ハハ! 清正、なんて速さだ!』

 風間の驚嘆の間もなく清正はハルに抱きつく。

『なんじゃ?? フェムが見えん! 見えんぞ!』

 遼と鈴村は目を合わし、盛清の驚く様を見て回想する。
 遼はハルの元に向かう直前の見えないフェムの時を。
 鈴村は町田に接触した時を。





     ◆◆◆





『多分この右に向かうフェムの先が、ハルのいるところ…けれど左側に道は……なぜフェムがない!? 明らかな道ならどんな道にもフェムが見えるはず! 見 えないなんて……けれど僕の目的は………うぅ! があぁ!! 踏み込むだけで……ものすごい脱力と激痛だ……ほかの運命の道はハッキリ見える……けれ ど……これは実際何のための道だ? これは自分を守るため? それとも……盛清さんの言っていたような……能力のためなら、そして、このフェムのない先 は……自分で運命をつくる「本当の自分のための道」じゃないのか? 自分の道……自分の為の道……能力の道……能力の為の道……能力は引き合う……何 故……引き合う……ひとつに? ひとつになったらどうなる? ひとつになれる? 何故ひとつにならなかった? 誰も……危険な目に合わなかった? どうし て僕はこんな目に? 僕はどうして死ななかった? 何度死ぬ目に合った? 死んでもおかしくない……僕は……僕は……ああ! 頭が痛い! 何か! 何か忘 れているような……僕は……坂で死んだ? 僕は……ああ! 電車に轢かれた? 頭が痛い! どうして! どうして! そんな記憶がある!? 公園で撃たれ た! 森林で撃たれた! 船で! この人は誰? ナイフで! 僕を! ああ! でも何も起きてない! 丸一日が何十日もあるみたいに! 何度も同じ体験 を!? ハア! ハア! 行かなきゃ……この先に……』

 ハルも気掛かりであったが遼は何か確信が見える気がしてした。そしてフェムのない道に向かう。
 フェムがない道で遼の体は突然重くなり負傷した体は今にも倒れそうになる。引きずる様に歩く先には鈴村が倒れている。

『あなたは……』

 ゆっくりと近づく遼。そして鈴村の体を揺さぶると、震えるまぶたがゆっくりと開き、薄い目で遼を見た瞬間、大きく目を見開き、失いそうだった意識が戻る。

『お前! 水谷!!』

『あの公園で会った刑事さんですね……あの……僕、取り返しのつかない事をしてしまいまして……』

『水谷!!!!』

『はい!!』

『お前……あんな能力に取り憑かれて……大変だったな』

 遼はキョトンとした。自分がやってしまった事にまさか同情され そして能力を理解している事に。

『お前、いい道通ってきたな! 別の道ならお前に用がある奴らに鉢合わせになるとこだ』

『一体誰が……』

『お前が目を潰した俺の同僚と、知らねえジジイだ、うっ! あぁ! もう体が動かねえ……俺もお前と同じように誤解されたまま世間のみせしめになるんだろうな……何だろ……この悔しさは……くそー!!』

――この人は僕と同じだ……意味もわからず能力に触れて逃げ場のない苦しみ……。『まだ生き残る道はあるはずです! 諦めないで下さい!』

『でもよ……』

 遼は鈴村に近づき、遼は突然倒れ込む。

『お前! 能力を移したのか!?』

『は、早くヘリに戻って警官隊に奪われないように助けて上げて下さい! 捕まっても理解はされない! 今なら間に合います! まずはここから脱出すること です! そして……今、僕が知っている限り、能力を持っているのはルーアというチーターとハルです! 能力は、理由があって能力者同士引き合うと僕は考え てます! 三つある能力を僕は、ひとつにしたいんです!』

『ハルって、あの女か? なら今はもってない……俺に移り、変なじじいが連れた俺の相棒の町田に移った! 何が起こるかしらねえが、わかった……なんとかする……で、お前は……大丈夫か?』

 能力が抜けた遼は、奮い立ち上がる。

『僕はハルを連れて必ず戻ります! 時間がない! 急いで下さい!』

『そうか……わかった! あ……これ、ん〜〜……いいや……持って行け』

 遼が渡されたのは拳銃。

『え、僕に拳銃……扱えません!』

『変な奴らがうろついてるこんな危険な場所に丸腰のケガ人歩かせる方が問題だ! 拾った事にしておけ! 先にいくぞ!』――能力を集める……か、今あるのは、加藤から奪った町田だな……間に合うか!

 そして、その後町田と接触した鈴村は、風間からの銃撃の盾となった町田へ背中越しにささやいた。

『町田! よく聞け! 俺はお前に近づき、どちらかに能力が移る! なんとかして三つ集める! お前に移ったなら、こいつらを止められる』

 町田の肩に触れた鈴村。身体的に町田より負傷を負っていた鈴村に能力が移った。
 保有する二つの能力。それを抱えたまま、清正の元へと走り出す。





     ◆◆◆





 盛清が成し遂げたかった三重重複は、遼も目的としていた、すれ違う行動。
 盛清の誤算は、遼が能力を持ち続けていたという思い込みの誤算。
 町田の能力が鈴村に移動していた事を気づけず、持ち続けていると思い込んだ誤算。
 鈴村が、遼と町田から能力を吸収し、二重重複になっていいたという誤算。
 盛清の見た清正の能力は、鈴村から移動していた二重重複であったという誤算。
 そして、町田を貫いた時に「盛清は町田に能力を奪われていた」誤算。
 遼の行動と言葉により、虚偽を盛清に感じさせる事が正義と判断した町田と鈴村。遼の偶察力によるものだと気付くスベが盛清には、今はもうない。

『なぜじゃあーー!!!!』

 盛清に向かってヘリコプターのプロペラが、コンクリートの地面に火花を散らしながら襲い掛かる。

『ガアアアアアアアアアアア!! あ……』

 切り刻まれる野望と理想の未来。

『ハル!!』

 止まらない朱いヘリコプター。

『パパ……フェムは見える?』

『ああ……』

『連れてって……』

 清正に見えるフェム。蛇の道が二人を中心に円形に広がる。その場にいる全ての者達を、密かに包み込むように。

『フェムは上にも見える……行ってみるか?』

『うん!!』

 全ての者に見える危険な火花。

『ハル! 危ない!!』

 全てが見えない自分の光を走る者。

『町田ーー!』

『ハルーー!!!!』

 火を纏(まと)い始めるヘリコプターにより、見えなくなる三者。爆発は何者かを飲み込む。
 ほんの一瞬、人の形に見えた何かがひとつ。その場にいる者の目線は、爆発よりも、もっと上を向いている。
 その場にいる誰もが認識できる光。爆炎の煙の先に見える、地面に横たわり抱き合ったハルと清正も見上げている。

『町田さん!!』

 その光景の神秘は、束なる光に支えられ、ゆっくり、ゆっくりと降りてくる。
 見るもの全て息を飲む。
 人をかたどった一本の木のように。その者は、夢柱となり、消えていく。
 見たものから、次第に、自分の変化を認識し始める。複数の因果関係のないところで同時に起きたと思わせる、シンクロニシティを感じさせるように。人口密度のまばらな時代でないことからも、その光は人から人へ、必然的に連鎖する。





【道標】





『この光はなんだ?』

『俺は強い!』

『わたし……歩けなかったのに』

『これは……私が進む道』

『私達! 特別よ!』

『内緒なんだけど……俺変なんだ』

『おじいちゃんが立ってる!』

『神様! 私を選んだんですね!』

『おい……あいつ様子が変だぞ』

『ぎゃあああー!! 化け物だー!!』

『お腹空いたよ〜』

『今日はごみ箱に食い物ないな』

『あいつ!? 喰ってるぞ!?』

『この町はもう……人間がおらん』

『おい! あそこに飛んでるの』

『あのペットショップ……赤い……』

『なんでこんな事に?』

『管制塔!! 管制塔!! 墜落回避の誘導願います!!』

『うっ……うっ……お母さん……』

『どこに向かえばいいんだ!!』

『ぐががががぁぁああああああ!!!!』

 世界は一変した。

『…ル!』

 それは呼ぶ声。

『…ール!』

 遠くから。

『「アール」!』

 聴こえてくる。

『アール! こら!』

 目に映る遼の姿。

『おい! アール! 危ないぞ!』






 細く甲高く吠える、まだ小さいチーターを遼は追い掛ける。

『あっ……清正さん……町が見えましたが……』

 遼の目に映る、人の住めない気配。

『清正さん……この地区は』

『もう駄目だろう……』

『能力が広がってない地域は……きっともうないんですね……』

『ああ……皆……能力に振り回され……殺し合い……食料は減り、世界中の食料危機の国はカニバリズム(共食い)を始めた』

『フェムの触れる者全てが能力者となって、理解出来てない人達は無意識の怪物に支配されるんですね』

『俺達が教えて行くしかない』

『そうですね……僕にも責任があります。あ、ではそろそろ、香山さん達にも海上を移動してもらいましょう』

『ああ……別の土地で早く伝えなきゃな……』

『ここも駄目だったんだー』

『ハル!』『ハル!』

 遼と清正は向かい合い笑う。

『アール! 早くルーア母さんくらいに大きくなるんだよー! 風間さんにも見せなきゃ!』

 ハルに近付き、体をこするアール。

『ハル! お前も安静にしてなきゃ! お腹に悪いよ』

『普段はお前なんて言わない癖に、見栄張ってんじゃないの! パパも皐月さんの前じゃ甘えん坊だし!』

『ハハハハハ!』

『じゃあ……行きますか!』

 空を見上げる遼。

『今日は歩きたいな』

 足を踏ん張る清正。

『そうね……歩こうよ! 鳥じゃないんだから! 目の前にある道を……ね!』

 振り向く三人。突然、空に吠えるアール。見上げる三人に緊張が走る。三人の影は……別の影で覆われる。monstrousの影が。
 serendipity。
 それは一つの世界。
 それをどこかで見る世界も、必ずある。
 あなたの世界も。
 一つの世界。





【end credits】





『いい天気だ……ルーア……この世界をまとめる者が必要だと思わないか? この進化する能力を率いる指導者になれれば、あんなに自由に飛び回れる奴らを従 えられれば……ハハハ! これはルーア・バトラーの発想だ! 何でも自分で決めなきゃ気が済まない頑固な奴だった。俺には向いてない。また戦争が始まる な。田村にも見せてやりたかった。ルーア……お前、前より行儀良くなったか? 田崎は本当にいい訓練士だったんだな。後悔はしない……これが俺の生き方 だ』



風間 孝太郎 kazama koutarou







ルーア・バトラー Lu-a Batler







ルーア lu-a







田村 洋介 tamura yousuke







田崎 修 tasaki osamu







『皐月……』

『なぁに?』

『清正君とは……まぁ、なんというか……上手くやってんのか?』

『あの人は真面目な人よ……不器用なとこがお父さんに似てるわ〜』

『清正さん、カッコイイですしね! 一目惚れですか?』

『下村さん! 海に突き落とすわよ!』

『ごめんなさい! もう……怖くて空軍基地も海も懲り懲りです!』

『ハハハ! じゃあさっさと清正君達を迎えに行きなさい……彼らは今の時代の希望だ』



香山 重雄 kayama shigeo







香山 皐月 kayama satsuki







下村 剛 simomura tuyosi







『鈴村部長!』

『なんだ』

『私達の職務は今の時代……どれだけ意味あるんですか?』

『ばかやろう! 俺達がいなくなったら……生き残った人間は誰を信じればいい!! 意味を考える前に一人でも救え……正義を語るなら人を救え……町田もきっと同じ事を言った』



鈴村 和敏 suzumura kazutoshi







町田 正道 matida masamiti







『達哉……奴らが来たわ! 逃げるのよ!』

『う〜……う、グズッ』

『達哉! あなたは今生きてるの! もっとたくましくなって……ね……だから笑って!』

『ひなぁ〜』

『ママでしょ! アハッ! 達哉ぁ。あなたがいて私は幸せよ!』



加藤 陽菜 kato hina







広金 達哉 hirokane tatsuya







加藤 達哉 kato tatsuya







『清正さん! 僕に任せて下さい!』

『ああ……奴らは飛べるだけのグループだ! 遼、お前のフェムの大きさなら奴らを……ん!』

『ハアァァァ!!』

『ハル!』

『あのバカ……遼、お前の力のお披露目は……まただな』

『ハル〜〜またいいとこ取られた〜! て言うか体を気遣えよー! アール! ハルを止めろー!』

『遼ー! あなた相変わらず決断遅いのよー! こいつら片付けたら褒めてね!』

――親父……あんたの望んだ世界は……全ての人間に混沌を与えるものだった。でも……悪くない。人間は家族を護る意味を理解し始めた。そして、今更だが、すまない……結局俺は親父からの期待に応えられなかった。昔の親父を思い出すよ。



出浦 清正 ideura kiyomasa







アール a-l











     ◆◆◆





『清正!』

『はい! お父様!』

『お前には人を率いる力がある! 今はまだ未熟で弱い。けれどお前の勇気と優しさは一族を護るのに必要だ! 俺は成長と共に非情な決断をさせる! わかったか!』

『はい! わかりました!』

『明日は小学校の参観日だったな……必ず行くからな!』

『わ〜い! わ〜い!』

『ははは、清正! お前は俺の未来だ! 早く子供を持って家族の大切さを理解するんだ!』

『はい! お父様みたいになります!』

『道は自分で決めるもんだ! 自分のフェムを見つけてみろ! それを見つけた時、この能力は必要なくなるだろう』



出浦 盛清 ideura morikiyo







『清正よ』

『はい』

『わしの能力を譲るものが見付かった』

『どうして今更手放すのですか?』

『今まで危険な目に合わせたのう……すまんかった。わしは余命半年じゃ』

『父さん……』

『わしは賭けにでる』

『何か変わるんですか?』

『変わらなければ、戦争が始まる! 巻き込まれる者には自分で選択出来る助かる道を与えねば』

『その者は、それを変えられる力があるんですか?』

『清正よ! 道は自分で決めるものじゃが、わしはその者に道標を用意する。未来への可能性を、そして春枝を護ってやってくれ』

『何の話?』

『ハル!』

『おお、春枝……頼みがあるんじゃ』

『なあに?』

『明日、わしは能力を手放す! その者の監視をして欲しいんじゃ』

『じゃあ……ちゃんとやったら春枝って言うのやめてくれる?』

『カハハハハ! いいじゃろ! じゃが油断は禁物じゃ!』

『危険はいつもの事よ! 能力が無くなったら私がみんなを護るわ!』



ハル hal







――今日の授業どうするかな〜。あ、サークルに顔出さなきゃ! あ〜でも食堂で達哉と陽菜の邪魔しちゃ悪いかな。二人とも……いい感じだし。俺も早く彼女 欲しいな。可愛らしくて……護ってあげたくなるような。でも、もう就職活動しなきゃな! ニュース……最近いい話題ないな。この国に向かってミサイルの砲 撃演習頻繁だし……戦争? はは! ないない! 一発撃たれておしまいだよ! こんな小さな国なんて、そんな事起きても起きなくても、僕に出来ることない し……大学終わって就職してる今から三年後……何してんだろ。雨……止んでるな。さあ! 今日も変わらない一日! 頑張るか!! あれ……今の番組、見た 気がするな……まあ、変わらない毎日だからかな。デジャヴュってやつ? あはは! なんだかいつもと違った気分だ! 些細な事が、新鮮だ。



水谷 遼 mizutani ryo











【道】







 分岐点。
 選択。
 幸福。
 後悔。

 それぞれの道の結果とは。

 分岐点。人生の中には大きく運命を変える瞬間があるように見える。
 選択。それは自分にとって良いと思える未来へ。
 幸福。それは幸福になる生き方をしたから。
 後悔。けれどその時にはその道が輝いて見えた。

 分岐点は常にある。
 選択肢はなかった。
 幸福な人。幸福の道を無意識に自然と歩んでいる。積み重ねていたから。
 選択による後悔。それは幻想。その時には、その道しかなかった。

 道とは選択で変わる程、安易ではない。
 道とは積み重ね。
 何かを積み重ねた先に、その者にしか見えない、道がある。
 そういうもんだ……達哉よ。

 ここは盛清の本屋。三階建ての館。偶明堂。誰も住んでない。残された書物。鍵の開いた裏口。青年は侵入する。過去に侵入した者のように。傾いた棚。当たり前に落ちていた書物。ひとつ、開いていた本は、しおりが挟んであった。ほこりを二度拭い、その章の題名を読む青年。

『synchronicity(シンクロニシティ)……か。いつまで続く……「monstrous(モンストラス)」なこの世界。死んだはずの親父が…… いや、あいつが言ったように、ここに未来の記録があるなら、未来があるなら、この世界は、前編だな……シンギュラリティへの』




【セレンディピティ〜serendipity〜 END 】






【セレンディピティ登場人物イラストモデル】


藤原竜也

西村晃

小池徹平

伊原剛志

栗山千明

金子賢

大倉孝二

長澤まさみ

ニコラス・ケイジ

竹中直人



今井雅之

萩原聖人

阿部サダヲ

ユースケ・サンタマリア





後編 シンクロニシティ〜synchronicity〜 へ続く


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投稿日 : 2018/11/09(Fri) 20:07
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